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それはイブの夜に  作者: 大平麻由理
四時間目 決断
30/33

30.家族 その1

「達樹! いったい、どうしたんだい?」


 紗友子が勝手口の外で待っている間、植山だけが先に中へ入って行った。と同時に誰かが驚いたような声を出した。連絡もなく突然現れた彼に家族が驚いたのだろう。


「おばあちゃん、突然で悪い。それが、ちょっと……」

「どうしたんだよ、達樹。夕べ、皆が引きとめるのも聞かず、飛んで帰ったじゃないか。それとも帰らなかったのかい?」

「いや、ちゃんと向こうに帰ったよ。でもまた来た」

「また来たって、まったく何が起こったのかわからないよ。さあ、寒いから早く中に入って」

「ちょっと待って」


 植山が紗友子のところに戻って来た。


「さあ、一緒に行こう」

「はい……」


 紗友子はこくりと頷き、彼の後ろをついて行く。

 ここは植山の実家だ。あれから二時間足らずでここまで来た。ひざの下くらいまで雪が積もり、ブーツのかかとがぐしゅっと雪にめり込む。


「職場の人を連れて来たんだ」


 植山がさっきの人に紗友子を紹介した。


「職場の人? それは大変だ。あ、わかった、小学校のスキー合宿の打ち合わせか何かかね。それはそれはどうも。こんばんは、遠いところをようこそお越し下さいました」


 植山の祖母らしき人が、深々とおじぎをする。


「あの、はじめまして。こんばんは。いつも植山先生にはお世話になっています」


 紗友子も祖母に負けないくらい深く頭を下げた。


「ほらほら、達樹ったら。そんなところに立ってないで、早く中に入ってもらいなさい。今夜はお客さん少ないんだよ。あさってくらいから予約がいっぱいでね。学校関係が冬休みに入るのと、会社関係も追って休暇に入るからね。夕食の片づけも終わったし、弘樹を呼んでくるから」


 そう言って祖母が奥に消えて行く。七十代くらいだろうか。しかし足取りもしっかりとしてとても元気そうに見えた。


「ごめん。今の祖母だよ。ああ見えて、もうすぐ八十歳なんだ。まだスキーもするし、夏場はテニスもする。めちゃくちゃ元気なばあさんだ」

「スキーにテニス? す、すごい……」


 紗友子の五十代の母親ですら、スキーもテニスも最近はすっかり遠ざかっているはずだ……と、こんなことを考えている場合ではない。

 弘樹、という人を呼びに行ったのだが、その人が誰なのか気になるところだ。もしかして、彼の父親なのだろうか。いきなりのご対面に緊張感が高まる。


「あの、弘樹ってのは、僕の兄なんだ。無口で人見知りだから、適当にあしらってくれていいから」


 彼が紗友子の耳元でこそこそと話す。完全に心の中を読み取られたようだった。あれほど強い意志でここまで乗り込んで来たはずなのに、彼の家族を前にして、怖気づいているのが見え見えなのかもしれない。


「兄貴、俺だけど」

「え? なんで?」


 植山の視線の先には彼より一回り体の大きな男性が姿を現す。彼のお兄さんだ。その人は植山を見て何でここにいるんだと言わんばかりに怪訝そうな表情を浮かべ、隣に立っている紗友子を見た。するとすぐに視線を逸らせ、植山に向かって不機嫌そうな顔をする。


「職場の同僚の林田さんです」


 彼が不愛想に言った。


「おまえの彼女か?」

「ああ、まあ……」


 お兄さんの問いかけに彼があいまいにうなずいた。


「居間の方に入ってもらえ」


 お兄さんはそのまま奥に戻って行く。どことなく植山に似ているが、威圧的な態度は紗友子を震え上がらせるのに十分だった。


「林田さん、本当にいいの? 今ならまだ引き返せるよ。兄はあんなんだし、両親も仕事で手が離せないかもしれないし。君の納得のいく結果は期待できないと思うよ。ねえ、もう帰ろうか。そうしようよ」


 そこには弱気な植山がいた。身内の彼ですら及び腰なのに、よそ者の紗友子が出来ることは何もないように思える。けれどここで引き返せば何も進まない。自分がどれだけ彼を愛し必要としているのか訴えるチャンスなのだ。もう後へは引けない。


「いいえ、行きます。私は大丈夫ですから。ありのままの私を見てもらって、認めてもらえるようお願いするつもりですから」

「だから言ってるだろ? もう見合いも決まってるし、君とはもう……」

「おい! 何をもたもたしてるんだ。早く来いっ!」


 奥からお兄さんの怒声が飛ぶ。紗友子はあきらめ顔の植山と共に敵地に乗り込んだ。


「まあまあ、いらっしゃい。あなたが林田さん?」


 居間に入るなり迎えてくれたのは笑顔の優しそうな女性だった。お兄さんの奥さんだろうか。いや、少し年上のように見える。そしてその口元が見慣れた誰かに似ているように感じた。


「寒かったでしょ。本当にごめんなさいね。うちの子にこんな素敵な彼女がいるなんて、ほんとに奇跡だわね。さあさあ、こたつに入って、ぬくもってね」


 その人はくるくると動き回り、掘りごたつの布団をめくってそこに座るよう勧めてくれた。


「ありがとうございます。あの……」

「あ、紹介が遅れちゃったわね。達樹の母親の政子と申します。そしてこっちが長男の弘樹。夫とお嫁さんの千佳ちゃんは今ちょっと手が離せなくてまだ来れないけど、あとで顔出すって申してますから、少し待って下さいね」


 母親の政子さんはすでに用意してあるお茶をこたつの上に並べて、お兄さんとは対照的な満面の笑みで紗友子を歓待してくれた。


 







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