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それはイブの夜に  作者: 大平麻由理
四時間目 決断
23/33

23.遠い雪国 その1

 そこで待っていてと彼が言った。実家から帰る途中の彼が、駅前まで車で迎えに来てくれると言う。

 紗友子は彼の声を聞いて泣きそうになったのを思い出し、駅の化粧室で手鏡をのぞき込んでいた。案の定、目頭のあたりが少し赤い。けれどこれくらいなら大丈夫だ。さっき二杯ほど飲んだアルコールのせいだと自分に言い聞かせる。

 目元を中心に化粧直しをして、待ち合わせ場所であるモニュメント像のところに足を運ぶ。

 そういえば学生の頃、ここで堀田とおち合いよく二人で出かけたな、などと余計なことを思い出す。免許を取ったばかりの堀田の運転が怖くて、ぎゅっと目をつぶって助手席に乗っていたあの頃、それでも彼と一緒にいるだけで幸せだったあの時は、すでに遠い過去のものになってしまった。

 あんなに好きだったのに、彼の裏切りを知って数年を経過した今は、びっくりするほど何の感情も残っていない。が、正直に言えば、植山と気持ちを通わせる前までは、少しは情のようなものが残っていたような気がする。

 けれどそのわずかばかりの情すらも、今は消え去ってしまった。

 そんないわくつきの場所で植山を待っているのだ。一秒でも早くここを離れて、忌々しい過去を葬り去りたいとさえ思った。

 電話で植山は、高速のインターを降りたところだと言っていた。そこからここまでは順調に車を走らせれば二十分ほどだ。

 あの電話からすでに十五分は経っている。あと少しで彼に会える。たとえ実家でどんな結果が出ていようと、すべてを受け入れる覚悟はできていた。


 彼の車が駅のロータリーに入ってくるのが見えた。モニュメント像の近くはすでに他の車が停車している。植山の車がゆっくりと止める場所を探して動いているのを小走りで追いかけ、止まると同時に助手席のドア横に立った。

 窓が開き、彼がこちら側に身を乗り出す。


「待たせてごめんね。寒かったでしょ? さあ、早く乗って」


 フリースのトレーナーを着た植山が白い歯を見せる。久しぶりにみる彼の笑顔だ。紗友子は急いで車に乗り込み、お帰りなさいと言った。ただいま、と遠慮がちな声が返って来る。


「今日は何かあったの?」


 幹線道路に出たところでなぜか目を丸くした彼が訊ねる。


「あ、あの。忘年会、です。昔バイトしてた塾の仲間と集まっていました」

「そっか。それでそんな服なんだ。なんかいつもと違うし、その、きれいだなって……」


 最後の言葉が消えかかりそうになるくらい小さかった。照れているのだろうか。

 でも嬉しかった。彼の口からそんな言葉が聞けただけで、今までの寂しさを全部忘れてしまうくらい幸せな気持ちになる。


「でも……。その、塾のバイト仲間と会ってたんだよね。ってことは、前の彼氏とも……」

「あ、それはないです。その人は来ていません」

「そっか、それならよかった」


 彼の顔に再び明るさが戻って来た。


「いや、君のことを信じていないわけじゃないけど、こんなにきれいな林田さんを見たら、またその人の気持ちが揺れ動くんじゃないかってそう思ってしまって。多分、僕は自分に自信がないんだ。こうやって隣に君がいること自体、まだ夢を見ているようだし。そうだ、このまま林田さんを家に送る前に、ちょっと話がしたいんだけど。いいかな?」

「私はかまわないです。友人の志津と一緒だから遅くなるって家には言ってるので」

「相手は志津さんじゃなくて、僕だけど。大丈夫?」

「大丈夫です。職場の人と会っていたと本当のことを言ったとしても、何も問題はないです」

「なら、送った時にちゃんと理由を説明して、ごあいさつするから」

「あ、ありがとうございます。でも本当に心配ないんで、挨拶とか気になさらないで下さい」


 親の志津に対する信頼度はパーフェクトと言ってもいいくらいの高評価だ。紗友子は何も心配はしていなかった。何の前振りもなく真夜中に突然彼の挨拶に直面するほうが親もびっくりすだろう。

 それよりも、彼の話が気になって仕方がない。実家でどのような方向に話がまとまったのか、今すぐにでも知りたいのが本心だ。


「じゃあ、あそこのファミレスでもいい? この時間だと、閉まってるところも多いから、店を探すのが大変だし」

「はい。あそこならスマホにクーポンがあります」

「それはラッキーだ。じゃあ、ここで決まりね」


 お互いに顔を見合わせ、くすっと笑った。駐車場に車を停め、店内に入る。満員ではないものの、そこそこ座席は埋まっていた。スタッフに案内されて、窓際のボックス席に座る。

 渡されたメニューはクリスマスディナーやデザートで彩られていた。

 紗友子はもちろんのこと、彼もお腹は空いていないらしい。迷うことなくホットコーヒーを頼み、スタッフの当店おすすめのワッフルもいかがでしょうかという宣伝文句にまんまと乗せられてしまう。

 いつしかメイプルシロップがたっぷりかかった一皿もしっかりと追加オーダーされていた。

 店の入り口付近には大きなクリスマスツリーがきらめている。

 植山と初めて迎えることになるクリスマスが少しずつ近づいてくる。テーブルの上に飾られている赤いキャンドルの炎が、かすかな風に小さく揺らめいた。

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