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それはイブの夜に  作者: 大平麻由理
二時間目 過去
12/33

12.夢の果て その1

「連絡遅くなってごめん。同窓会が長引いてしまった。明日の午後三時に迎えに行くね。ホントにごめん」


 彼からのメッセージが届いたのは深夜の零時を少し回った頃だった。同窓会なら仕方ない。紗友子はすぐさま返事を送り、ベッドにもぐりこんだ。

 明日の朝は知り合いの美容室に行き、髪のセットと着物の着付けをしてもらう予定だ。成人式以来の振袖姿に彼はどんな反応を示してくれるのだろうか。はやる胸を抑えて、静かに目を閉じた。



 早朝からあんなに大騒ぎをして着付けも済ませ、後は堀田の登場を待つだけとなった三日の午後。まだかまだかと待ちくたびれて、やっと彼の車に乗り込んだ時にはすでに四時を過ぎていた。


「さゆ、遅くなってごめんな。さっきまで友達と会ってて、こんな時間になってしまった」


 今年最初の彼の第一声は謝罪の言葉だった。


「そうだったんだ。それなら連絡くれれば、別に今日じゃなくてもよかったのに」


 紗友子はまるで女優のように理解のある彼女を演じ、模範的な受け答えをしていた。

 けれど、昨夜も今日も、本当はずっと連絡を待っていたのだ。彼にどうしても会いたくて今か今かと待ち焦がれていた。もしも今日会えなければ、彼の家に突撃訪問していたかもしれないほどに。

 口から出る言葉と心の中は正反対だった。


「そうはいかないよ。やっとさゆに会えるっていうのに、こっちの勝手な都合で取りやめなんてできない。友達がなんかいろいろ悩みがあるみたいでさ。まあ、俺で何か役に立つのならって、相談に乗っていたってわけなんだけど。本当にごめんな」

「困ってる友達を助けてあげていたんだもの。仕方ないよ。私はそんな友達思いの堀田くんを尊敬してるんだから」


 彼を慕って相談ごとを持ちかける友人を、デートごときで冷たく切り捨てる人なら、そもそも紗友子はそんな薄情な人と付き合ってなんかいないはずだ。完ぺきなルックスにうぬぼれることなく、友人を一番に考える彼を非難する理由はどこにもない。


「そっか、さゆはこんな俺を…………」


 堀田が少し困ったような表情を浮かべ、言葉を詰まらせる。そして一呼吸置いた後、またもや遅れた理由を語り続ける。そんなにも約束の時間を守れなかったことを悔いているのだろうか。彼の弁明は神社に着くまでずっと続いた。紗友子は何も咎めていないのに、彼は不思議なほどひたすら謝り続けていた。

 初詣を終えた後、ケーキショップに立ち寄り、またもや彼の弁明が始まった。


「ホント、ごめんな。さゆとの約束の時間が迫っていること、なかなか相手に言い出せなくて。こんなことなら、相談になんか乗るんじゃなかったと反省してる」

「だから、私は気にしてないってば。堀田くんのお友達が困っているんだもの。あなたを頼ってきてる人を追い返すなんてできないでしょ? 堀田くんはそういう人だもん。ね?」

「あ、ああ。俺の性分だもんな。しょうがないか。おっといけない。もうこんな時間だ。そんな恰好じゃ苦しいだろ? 早く着替えたほうがいい。さあ、家まで送るよ」

「え? あ、そうだね。じゃあ、そうしてもらおうかな。すぐに着替えるから、家に入って」

「おっと、大変だ。この後、また別の約束が入ってて。とにかく送って行くよ。あわただしくて、本当にごめん」


 着替える間、家で待っててと言いかけたのに、あまりにも急いでいる彼の様子を見て、それ以上何も言えなくなってしまった。

 新年を迎えて初めて会ったというのに、二時間そこそこでもう別れなければならないなんて、これまでになかったことだ。

 紗友子が翌日のテストを気にして早く帰りたいと言ってもなかなか解放してくれなかったあの堀田は、今はどこにも見当たらない。

 わざわざ京都にまで足を運んで選んだかんざしを挿し、美容師に絶賛の褒め言葉をもらった着物姿であるにもかかわらず彼は何一つその話題に触れなかった。自分から言うのも気が引け、最後まで彼の言葉を待っていたが、結局何もなかった。彼の驚く姿を予想していた紗友子には、ある意味衝撃的だった。

 それに。結婚の話も何一つ出てこなかった。

 紗友子の心に冷たい北風が吹きこんでくる。それは外に吹き荒れている季節風よりももっと冷たい風だった。



「さゆ、降りるとき、着物の裾に気を付けて」


 家の前に車が止まり、彼がいつものように優しい気づかいを見せてくれる。ああ、やっぱり気のせいだ。彼がいつもと違うなんてことはない。たまたま友人の悩み相談がこの時期と重なり、そのことで頭がいっぱいになってしまったのだろう。

 着物の裾を少し持ち上げ、草履が脱げないように足を車外に出そうとしたときだった。右足で何かを踏んだような気がして、シートの足元に目をやった。

 小さな何かが光った。いったい何だろう。暗がりの中、目を凝らして見てみる。


 ……ピアスだ。小さな真珠がついた、フックタイプのピアス。


 紗友子はピアスはしない。あきらかに女性用のそれは堀田の物でもない。だとしたら、いったい……。

 半ば放心状態になりながら車を降りる。


「今度会うのはいつがいいかな。……曜日くらいはどうかな。また連絡……今日は……」


 堀田が何か言っている。次回のデートの日時だろうか。風の音とありえないほどの心臓の鼓動で何も聞こえない。


「じゃあまたな、さゆ」


 無言のまま頷き、力なくドアを閉める。半ドアだったのだろう。彼が運転席から腕を伸ばしもう一度閉めなおした。


「あの、そのピアス……」


 紗友子がようやく口を開いたとき、彼はもうそこにはいなかった。

 車のテールランプが暗闇に溶けていく。紗友子の目の前から何もかもが消え去って行った。

 

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