第986話 8つ目のカケラ(3)
正確に言えば、陽華と明夜がショックを受けたのはそれだけが原因ではない。自分たちの目の前でスプリガンがダークレイを助けた事。それも2人がショックを受けた大きな原因だった。視覚的なショックは心に残りやすい。
「・・・・・しかしだよ。現在彼女たちは大方いつも通りの様子だよ。表にはそういう感情を出していないだけかもしれないが。彼女たちは、元気に毎日を生きている。もちろん、光導姫としての仕事をこなしながら」
「そうなんだ・・・・ねえ、ロゼ。彼女たちは何でまた立ち直れたの? 深く傷ついたはずなのに。何が理由で・・・・・・・・」
単純にソニアはその2人がどうやって立ち直ったのかが気になった。ロゼは少し温くなったコーヒーを飲むと、ソニアの問いかけにこう答えた。
「特別な理由はないさ。ただ、彼女たちはまた、それでもスプリガンを信じようと思っただけだよ。何回でも何度でも。少しの時間があれば、人は立ち直る事が出来る。何とも素晴らしいじゃないか。私は彼女たちのその心に感動したよ」
ロゼは自身のその薄い青色の瞳でしっかりとソニアの瞳を見つめると、笑みを浮かべた。
「だから、君も君の思いを大切にするといい。君の思いは君だけのものだ。君がスプリガンを単純な敵とは思えないのならそう思えばいい。・・・・・まあ、私が伝えたかったのはそういう事さ」
「っ・・・・・・・そっか、そうだよね。ありがとうロゼ。おかげでかなりスッキリした。まさか、ロゼにアドバイスしてもらえるなんて思ってなかったよ♪」
ロゼの伝えたかった事を聞かされたソニアは、明るい笑みを浮かべそう言った。その言葉通り、ソニアのスプリガンに対する気持ちは、かなり晴れたものになった。
「おいおい、いったいそれはどういう意味だい? 全く君といい帰城くんといい、もう少し礼節を弁えてもらいたいものだね」
「あはは、ごめんごめん♪」
ため息を吐くロゼにソニアは笑いながら軽い謝罪の言葉を述べた。するとちょうどそのタイミングで、
「・・・・・お待たせ。アップルパイ出来た」
この喫茶店の店主であるしえらが手作りのアップルパイをソニアとロゼのテーブルに運んで来てくれた。これは予め2人が注文していたものだ。時間がかかるという事だったので、飲み物と一緒にとはいかなかったが。
「わぁー! 美味しそう♪」
「うん、食欲を誘うとても香ばしい匂いだ。これは聞いていた通り絶品とみたよ。ああ、すまない店主。ホットのコーヒーのおかわりも頼むよ」
運ばれて来たアップルパイにソニアは目を輝かせる。ロゼもどこか幸せそうな顔になると、残っていたコーヒーを飲み干し、しえらにそう告げた。しえらは「分かった」と頷くと、コーヒーのカップを持ってキッチンへと戻って行った。
「ふふん、切り分けは私に任せてくれソニア君。美しく分けてみせようじゃないか」
ロゼがアップルパイに付属していたナイフとフォークを手に取る。ソニアは少し茶化すようにこんな言葉を放った。
「そう言って自分の分ちょっとでも大きくしたら許さないからね、ロゼ」
「ギクッ・・・・・・ま、まさかこの私がそんな事をするはずないじゃないかソニア君。はははっ・・・・」
「え? なにその反応。怪しくない? ちょっと不安になってきちゃった。ナイフとフォーク貸してロゼ! 私が切るから!」
「待ちたまえソニア君! 私は公正に切り分けると言っている。ここは私に任せたまえ!」
平和な争いを繰り広げるソニアとロゼ。2人はしばらく普通の女子のようにそんな攻防を行なっていた。
それは、なんとも和やかな光景だった。




