第983話 ラルバの思惑、歌姫再来訪(5)
「ふん、そう変わるかよ。変化は確かにいい事だと思うが、変わらないって事もいい事だと俺は思ってる。だから、俺は変わらねえよ。俺が変わりたいと思わない限りはな」
「何か君らしいね。うん、私はいいと思うよ。何があっても君は君だしね」
「そういうこった。金髪にしては物分かりがいい」
「ちょっと、それどういう意味?」
「別に言葉通りの意味だぜ」
影人とソニアは歩きながら言葉を交わし合う。そして、寒空の下どこかゆっくりと話が出来る場所を探したのだった。
「え、じゃあロゼもいま日本にいるの!?」
「ああ。元々は文化祭期間の間だけウチの会長が雇ったんだ。知り合いかなんかだったらしい。だが、教員とか生徒とか普通にもうピュルセさんとは知り合いだから、今もしょっちゅうウチの高校に来てるけどな。しばらくは東京に滞在するらしい」
適当なカフェを見つけそこに入った影人とソニアは、そこで飲み物を注文し最近の話をしていた。そして、影人がロゼの事をソニアに話すと、ソニアは本当に驚いたような表情を浮かべた。
「ロゼって名前で呼ぶって事はピュルセさんとは知り合いなのか?」
影人が何気ない感じでソニアにそう聞いた。もちろん影人はソニアとロゼが共に最上位の光導姫であるいう事を知っている。真夏とロゼが知り合いであったように、2人もきっと知り合いなのだろう。影人はそこまで分かっていても、敢えてソニアに質問したのだった。なにせ、表向きには影人は2人の関係性など知らないのだから。
「え? あ、そ、そうなの! ちょっとしたね。それよりも、意外過ぎたなー。まさか影くんとロゼが知り合いなんて」
「知り合いっていう表現はやめろ。あの変人にどれだけ俺が振り回されたか・・・・・・思い出しただけで疲れてくるぜ」
「まあロゼはけっこう変わってるからね。その様子だと、余程振り回されたみたいだね。でもそっかー、ロゼも東京にいるのか。出来るなら今度会ってみよっかな。その時は顔合わせ頼むね」
「やだよ面倒くせえ。・・・・・と言いたいところだが、それくらいなら頼まれてやる。このホットココア代だ」
暖かなココアを指差しながら影人はそう言った。今の言葉からも分かる通り、ここの飲み物代はソニアの奢りだ。自分から誘ったのだからそれくらいは出させてくれとソニアが言ったので、影人は素直にその好意を受け取った。ちなみに、ソニアはホットジンジャエールだ。
「ありがと♪ ふふっ、また楽しみが1つ増えちゃったなー」
「それより何でお前また東京に来たんだ? いや、言えないならいいが」
影人はずっと気になっていた事をソニアに質問した。テレビやネットなどでソニアが来日しているなどといった情報はない。ならばプライベートか、まだ言えない仕事か何かの都合か。メールの内容を思い出しながらも、影人はそう予想していた。
「ふふっ、知りたい? 一応正式発表は来週なんだけど、君はきっと誰にも言わないし教えてあげる。実はね・・・・・・・・」
ソニアは少し悪戯っぽい顔になると、影人に自分が東京にいる理由を教えた。
「活動拠点を日本に移すか・・・・そいつは何でまた?」
ソニアから理由を聞かされた影人は静かに驚きながらも、再びそんな質問をぶつけた。
「ええと、そ、それはその・・・・・・・」
影人からそう聞かれたソニアはカァと赤面しながら言葉を詰まらせた。素直に君がいるからと、言えれば楽なのだが、ソニアはまだその言葉を言えはしなかった。
「こ、この前日本に来てやっぱり日本はいいなって思ったからかな! ほら、私にとってここは第2の祖国だし!」
結局、ソニアはそう言葉を誤魔化した。一応これも本心ではある。ただ、1番比重が大きい意見ではないというだけだ。
「だから、私もしばらくは東京にいる。そういう事だから、またよろしくね影くん」
ソニアは気持ちを変えるように笑みを浮かべ、影人に右手を出した。ソニアが影人に手を向けるのは今日で2回目。手を握るように促した事だけを考えるなら3回目だ。ただ、今回は今までとは意味合いが違った。
「今度は握ってくれるよね?」
「・・・・・・・・・はっ、仕方ねえ奴だ。いいぜ、今回は握ってやるよ」
ソニアにそう言われた影人は少しだけ笑いながら右手でソニアの手を握った。前髪にしては珍しい事にこれは友好の、親愛の握手だ。
「よーし、ならまた遊ぼうね♪」
「それは嫌だ」
「え!? そこは分かったって言うところでしょ!?」
「知るか。お前の常識で俺を図るな」
「ええ・・・・それはないよ影くん・・・・・」
しかし、やはり前髪は前髪だった。影人とソニアはもうしばらくそんな感じで話を続けたのだった。
本人は全く以て望んでいないだろうが、これでまた、前髪の日常は騒がしくなる事は約束されたようなものだった。
――取り敢えず、この前髪は1回くたばった方がいいと思う。




