第98話 奇妙な縁(2)
影人の案内で、影人と家族の住むマンションを訪れたシェルディア。家主である影人の母親と、妹に挨拶を済ませると、あれよあれよという間に夕食をごちそうになった。
シェルディアは基本的に食べ物を取らずとも生きていける。そもそも睡眠すら必要もない。あるエネルギーというか液体さえ定期的に摂取してしまえば、完結した個体と言える。
だから本当なら野宿をしても何ら問題はなかったのだ。そもそも、シェルディアには転移がある。野宿がだめなら、夜間はどこかの山へと籠もり、朝がくるのを待てば良い。
しかし、シェルディアは影人の提案を受けた。気分と言ってしまえばそれまでだ。だが、シェルディアは帰城影人という少年に多少の興味を抱いていた。
「影人、少しいいかしら?」
「何だ嬢ちゃん? 何か用か?」
コンコンとノックをして、シェルディアはドアを開けた。そこは影人の部屋であった。
本棚とテレビ、それに勉強机とベッドという別段普通の簡素な部屋だ。テレビとベッドの間に座っていた影人は、視線をテレビからシェルディアに移した。
「ん? ああ、妹の寝間着か」
「ええ、今は使ってないからと言って快く貸してくれたわ」
シェルディアはピンク色を基調としたモコモコの寝間着を纏っていた。それは妹が2年ほど前まで使っていたものだ。
豪奢なゴシック服を着ていたシェルディアは、その雰囲気と相まってお嬢様といった感じだったが、今は普通の可愛らしい少女のように思えるのだから、服というものは不思議だ。
「風呂の使い方はわかったか? 外国じゃ湯に浸かるって文化はないらしいから、慣れなかっただろ?」
「まあ、そうね。バスタブ・・・・・こちらでは湯船だったかしら、まだあまり慣れないけど、前に日本に訪れたときに教えてもらっていたから、大丈夫だったわ」
シェルディアはそう言って、影人の横に腰掛けた。その際、影人と同じように体重をベッドの側面に預ける。
「あなたとお話しようと思って」
「・・・・・・嬢ちゃんも物好きだな。俺と話して何が楽しいんだか」
スプリガン時ならまだ知らず、ここまで帰城影人という一個人に興味を抱いたのは、この少女が初めてだろう。
「夕食は口にあったか? なにぶん、ほとんど純和食だったからな」
「美味しかったわ、ええ本当に。ただ、お箸にはやっぱり慣れなかったけど」
「そりゃ、仕方ない。自分のとこと違う文化には慣れないもんだろうぜ」
シェルディアの言葉にそう返し、影人は軽く笑みを浮かべる。自宅の自分の部屋ということもあって、気が緩んでいた。というのもあるが、この不思議な少女と話すのは、素直に面白いと感じてしまう。
「そういや、嬢ちゃん。髪下ろしたんだな」
「ええ、どうかしら?」
そう言って、シェルディアはサラリと音がしそうな美しいブロンドヘアーに手を当てた。影人の指摘通り、今のシェルディアは緩く結ったツインテールではなく、ストレートヘアーだった。
「どうって言われてもな・・・・・・・・似合ってるんじゃないか?」
「なぜ疑問形なのかしら? レディーに対して失礼ではなくて?」
影人の感想にシェルディアは見るからに不機嫌になった。選択肢を間違えたことに気がついた影人は慌ててフォローを入れる。
「悪かったって! 嬢ちゃんは魅力的だ、立派なレディーだよ」
嘘は言っていない。髪を緩くツインテールに結っていたシェルディアも、その髪型から子供っぽさもあったが、不審者に狙われるほどの魅力はあった。
しかし、髪を下ろしている今のシェルディアはその何倍も魅力的に感じる。何というか、少女にはありえないような妖艶さを醸し出しているというか・・・・・・・
「くすっ、本当? また適当なことを言っているんじゃないの?」
シェルディアが影人の左腕に手を絡めながら、ゆっくりと顔を近づけていくる。その突然の事態に影人は目に見えて動揺した。
「お、おい!? いきなり何だ!?」
「あなたが嘘を言っていないか確かめているのよ。私が魅力的なら、あなたの行動は1つよね・・・・・・・・?」
息の掛かる距離までに近づいたシェルディアの顔。今までの人生でこれほどまでに異性の顔を近くに感じたことない影人は、パニックに陥った。
「い、い、い、意味がわわわ、分からんぞッ!?」
「初心ね。なら、私がリードしてあげるわ」
そう言って、シェルディアはその唇を近づけていき――
「ふふふっ、冗談よ。冗談。まだまだ子供ね」
ふっと顔を離した。
「じょ、冗談キツいぜ嬢ちゃん・・・・・・・」
心臓の鼓動が未だにバクバクとうるさいが、なんとか影人はそう返した。
まさか自分より年下の少女に子供扱いされるとは思っていなかった。ちなみに今の言葉はオヤジギャグではない。影人のシェルディアに対する呼称がややこしくさせただけである。
ちなみにどこがオヤジギャグになってしまっているかと言うと、冗談と、嬢ちゃんの箇所だ。何と言うことはない、語呂がとても似ているだけである。どうでもいいわ。
「ったく・・・・・・・・・嬢ちゃん将来は魔性の女になるな」
「あら、今でも魔性の女のつもりだけれど?」
「・・・・・・・・・本当、敵わないぜ」
負けだ負け、という風に影人は軽く両手を挙げた。元々勝負などはしていなかったが、全てにおいてシェルディアの方が上だった。
「と、そろそろ良い時間だな。嬢ちゃんも今日は早めに寝な。旅行の初日で疲れてるだろうし、何より子供は寝る時間だ」
最後の言葉は、やられっぱなしは性に合わないという感じの意地の悪い言葉だが、影人の本心だ。時刻はもう11時を回っていた。
「私に時はあまり関係はないけれど、仕方ないわね」
シェルディアは残念そうにそう言うと、立ち上がりドアに手を掛けた。
「確かこのような場合はこう言うのよね? ――おやすみなさい、影人」
「ああ、おやすみ。嬢ちゃん」
こうして、不思議な少女と出会った1日は幕を閉じた。




