第96話 シェルディアの東京観光3(4)
「・・・・・・・よく分からないな。まあ、嬢ちゃんには何か見えてるのかもしれんが」
「その嬢ちゃんって言うのやめてくれない? 言ったでしょ、私はシェルディアよ」
プクリと頬を膨らませて、シェルディアは抗議の声を上げた。その仕草を見た影人は、シェルディアは子供っぽいのか大人っぽいのか、よく分からなくなっていた。
「・・・・・・・悪いな、嬢ちゃんは嬢ちゃんだ。俺自身がその呼び方が気に入ったからな」
影人はシェルディアの要望をすげなく断った。理由はいま言った通りだ。
「あなた、存外性格が悪いわね」
「よく言われる」
逢魔ヶ時の中、2人は軽口をたたき合った。
夜がもうすぐそこまで迫っているをことを確認した影人は、シェルディアに1つ質問を投げかけた。
「もう少しで夜だが、嬢ちゃんは帰らなくてもいいのか? 家族が心配すると思うが・・・・・・・・」
シェルディアは観光などの理由で日本を訪れたと言っていた。ならば、明らかに自分より年下のシェルディアは家族と共に来日しているはずだと影人は考えた。当然と言えば当然の思考である。
「勘違いしているみたいだけれど、私は1人で日本に来たの。家族なんていないわよ?」
「まじかよ・・・・・・・・・」
まさか、1人旅行だとは考えていなかった影人だ。外国の考え方は、影人にも詳しくは分からないが、日本の親ならば「絶対にダメ」と言う方が大多数だろう。
「・・・・・・そうか。なら堅苦しいことは言わないが、嬢ちゃんはどこに宿を取ってるんだ? 夜道も危ないだろうし付き添ってやろうか?」
先ほど不審者に襲われていた少女を、そのまま1人で帰らせるのはさすがに忍びない。ゆえに影人はそう提案した。この提案に下心は一切なかった。
「宿はまだ取っていないわ。適当な所に泊まるつもり」
「・・・・・・・・・今から予約もなくどこかに泊まるのは難しいと思うぞ? 嬢ちゃんがどれくらいお金を持ってるか俺には分からないが、都心のホテルは軒並み旅行客でいっぱいだ。しかもこの辺りにホテルはない」
「そうなの?」
まさか宿泊先も決まっていなかったとは。影人は少女の無計画さに少しばかり呆れた。
「・・・・・・・・・仕方ないわね。今夜は野宿にしましょう」
少し思考しシェルディアはそのような答えに辿り着いた。
「いやいやいや!! 何言ってるんだ!?」
少女の飛躍しすぎた答えに影人は前髪の下の目を見開く。本当にこの外国人の少女は何を言っているのだろうか。
「大丈夫よ、これでも昔は野宿ばかりだったもの。道具もちゃんと持っているし」
「あのなぁ、仮にあんたがどこかで野宿したとしても警察に職務質問されるだけだ。現代日本の東京で野宿は現実的じゃないんだよ・・・・・・・・」
「? 追っ払えばいいだけでしょ?」
(ダメだこりゃ・・・・・・・・・)
少女の斜め上の答えに影人は頭を抱えた。親御さん、教育はちゃんとしてください。
そもそもシェルディアは野宿の道具を持っていると言っているが、持っているのは不審者を殴り飛ばした傘だけだ。道具はどこにも見当たらない。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はあ、ちょっと待ってろ」
ベンチから立ち上がり、シェルディアから少し距離を取る。
影人は鞄からスマートフォンを取り出しある人物に電話を掛けた。
「――ああ、わかった。ありがとな母さん」
少し長めの通話が終わり、影人は電話の相手に感謝の言葉を述べた。それから電話を切ると、シェルディアの座っているベンチへと足を運んだ。
「どうしたの? 誰かに電話を掛けていたみたいだけど」
「一応、確認を取ってただけだ。こればかりは俺の一存じゃ決められないからな」
ガリガリと頭を掻きながら、影人はため息をついた。全く、どうしてこんなことになったのか。
「・・・・・・・・・・・・嬢ちゃんが嫌ならもちろん断ってくれてもいい。俺らは今日出会っただけの他人だからな。それでもいいなら――」
自分でも見ず知らずの他人に甘いとは思う。しかし、このまま少女を放っておくのは、いささか気分が悪い。これも母親のお人好しの血だろうか。
自分の言葉の続きを待つシェルディアに、影人はこう言った。
「――今日は俺の家に泊まるか?」




