第952話 闇に染まる妖精(5)
「さあ、始めようかゼノの兄貴! 戦いをよォ!」
地下の修練場に移動した冥は拳をバチンと掌に打ちながらゼノに向かって叫んだ。
「うんうん。分かってるよ」
ゼノはまるで父親のようにそう言うと、冥の対面へと立った。2人の間の距離は10メートルほどだ。
「・・・・・随分と広い所だな」
「まあ修練場だから。戦いたい時に、私たちが好きに戦えるように作られた場所だもの」
2人から離れた場所で、影人とシェルディアはそんな言葉を交わしていた。修練場は等間隔に炎が灯されておりそれが光源だ。影人が見る限り、修練場は巨大な正方形のような形をしており、どれくらいの面積なのか正確には分からない。天井の高さもかなりのもので、広大な場所としか影人には形容できなかった。
「ゼノの兄貴、分かってると思うが一応言っとくぜ。手加減は――」
「なしだろ? 大丈夫、そんな事はしないよ」
「よし、ならいいぜ」
ゼノは左手で軽く右肩を揉みながら、冥の言葉の続きを述べた。ゼノの言葉を聞いた冥は満足気に頷いた。
「・・・・・・・・吸血鬼。1つ聞くが、あのゼノって闇人はどんな闇人なんだ? 見た目で判断するわけじゃないが、冥に兄貴と呼ばれているのは何か違和感なんだが・・・・・・・」
スプリガンに変身しレイゼロールの本拠地にいる都合上、そんな口調で影人はシェルディアにそう質問した。影人の事情を理解しているシェルディアは、「うーん、そうね・・・・・」と少し悩みながらもこう説明した。
「一言で言えば、最強の闇人かしら。そして、1番初めに闇人となった原初の闇人でもある。あんな見た目をしているけど、私とレイゼロールの次に歳上。だから、冥はゼノの事を兄貴と呼んでいるの。まあ、ゼノの強さも認めた上でだけど」
「最強の闇人・・・・・・・」
シェルディアのゼノに関する簡単な説明を聞いた影人はそう言葉を漏らした。シェルディアやレイゼロールほどではないだろうが、最強の闇人という事は、フェリートや目の前にいる冥よりも強いという事だ。影人はゼノがいったいどんな戦いをするのか、しっかり観察しようと思った。
「さて・・・・・じゃあ、行くぜッ!」
「おいで、冥」
冥が両手の拳を握り締めながらゼノへと突撃した。ゼノは彼特有のぼんやりとした笑みを浮かべながら、冥を受け入れるかのように軽く両手を広げた。
「最初から全力だッ!」
冥の両手の拳に闇が纏われる。その拳は黒拳と冥が呼ぶ、冥が放てる最大威力の一撃だった。それが二撃。冥は同時にその両の拳をゼノの胴体めがけて放った。ゼノは反応できないのか、それを避ける動作はしなかった。
冥の必殺の2つの拳がゼノの体に触れる。ゼノはそのまま吹き飛ばされる。影人はごく普通にそう思ったのだが、しかし現実は予想外の光景が影人の目に飛び込んできた。
「あ・・・・・・・・・・・・?」
ゼノの体に触れた瞬間、冥の両腕が一瞬で黒いヒビに侵食され、冥の両腕がバラバラに砕け散ったのだ。何が起きたのか分からない冥は、呆けたようにそう声を漏らした。
「冥、悪いけど1回君を壊すよ」
そして、ゼノはまるで悪いと思っていないような声音でそう言うと、右手で冥の胸部に触れた。
すると次の瞬間、
冥の全身に黒いヒビが入り、冥は全身が粉々に砕け、バラバラになって崩壊していった。そして冥がいた場所には、さっきまで冥だった物のカケラが散乱していた。
「は・・・・・・・・・・・・・・・・?」
その光景を見ていた影人は、気がつけばそう声を漏らしていた。




