第94話 シェルディアの東京観光3(2)
「バカね・・・・・・」
少女が呆れたようにそう呟くと、突然男が吹き飛ばされた。どうやら少女が傘で男を殴り飛ばしたようだ。その事実も驚くことだが、影人にはいったいどこから少女が傘を取り出したのか分からなかった。
(どうなってんだ・・・・・・・?)
影人の心中が驚愕一色に染まっている間、少女は物騒な言葉を吹き飛ばされた男に投げかける。少女の言葉を聞かされた男は、情けない悲鳴を上げながらどこかへと走り去っていった。
(・・・・・・・・何が何だかわからんが、あのロリに関わるのはやばい)
影人の直感がそう告げていた。正直に言うと、少女がロリなのかは分からないが、何も知らない影人は見た目で判断した。
影人はできるだけ足音を立てずにこの場を離れようと思った。
しかし、
「さて・・・・・・・・・さっきからそこいるあなたは誰かしら?」
どうやら少女は自分に気がついてるようだった。
(ッ・・・・・・・! まじかよ・・・・・・)
自分は物音などは立てていなかったと記憶しているが、意味を為さなかったようだ。素直に出て行くべきか、はたまたこのまま逃げ去るべきか。少しの間、逡巡して影人は前者を選択した。
(いきなり逃げ出して、追いかけてられても敵わん・・・・・・・)
仕方なく影人は姿を現した。
「・・・・・・・あなた、ちゃんと私の話を聞いているのかしら?」
影人がどうしてこのような事態になったか思い出していると、目の前の少女が不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「・・・・・・ああ、聞いてた。何度も言うが俺は怪しい者じゃない。ただのしがない高校生だ。俺が隠れて見ていたのは、あんたの身を心配してたからだ」
影人はなぜ自分が隠れて様子を見守っていたのかの事情を話した。日本語で事情を伝えたが、この少女は日本語が堪能そうなので大丈夫だろう。
「・・・・・・・・ふーん。まあ、嘘はついていないようね。私の身を案じて様子を見守っていてくれたというなら、お礼は言っておくわ」
少女はそう言って、笑みを浮かべる。どことなく少女らしからぬ笑みだな、と影人は感じた。
「でも、男性なら助けに入ってくれてもよかったのではない? あの程度の人間、私の障害にはならないけれども、少し臆病じゃない?」
「無茶言うなよ嬢ちゃん。見ての通り俺は貧弱なんだ。もしさっき俺が出て行ったら、速攻でやられてた自信があるぜ」
少し呆れたような少女の言葉に、影人は自信に溢れた顔でそう述べた。スプリガンに変身していない自分は、ただのもやしである。もやしは基本的に膂力がない。
「自信満々で言うことでもないと思うけど・・・・・・・・変わった人間ね」
今度こそ呆れた表情を浮かべながら、少女は影人にそのような評価を下した。
「あと気になっていたのだけれど、手に持っているそれは何なのかしら?」
「? ああ、これか。から〇げ君のチーズ味だ」
少女の質問に影人は簡潔に答えた。簡潔にと言ったが、そうとしか言いようがない。
「から〇げ君・・・・・・・・?」
それはいったい何だ、という表情を浮かべる少女。影人はから〇げ君が残り何個かを確認した。1個である。
(増量様々だぜ・・・・・・・・!)
危なかった。増量キャンペーンがなければこの1個はなかった。ありがとう、増量。よければ一生増量してくれ。
「ああ、外国人のあんたには馴染みがないかもしれんが、食べ物だ。味はまあ色々あるんだが、これはチーズ味。最高にクールなフレーバーだ」
何が最高にクールなのかは影人にも分かっていない。ただ、外国人(影人の主観ではアメリカ人)が言いそうな言葉を言っただけである。
普段なら独り言以外は口数の少ない影人だが、赤の他人、外国人、それとこの要素が1番大きいが、明らかに年下という要因もあり、普段より饒舌な小者野郎である。
「ちょうど1個余ってるから、食うか? もちろん毒なんかは入ってない」
自分は無害、ただの一般人ということを証明するため、影人はそう提案した。本来なら、最後の1個という1番おいしいと影人が感じているから〇げ君をあげたくはなかったのだが、仕方ない。何せこの少女は傘で大人を吹き飛ばした不思議少女だ。自分も機嫌を損ねて傘で殴り飛ばされたくはなかった。
「ああ、食べ物だったの。では、ご厚意に甘えて1ついただこうかしら」
少女は納得したように頷くと、徐々にこちらにやって来た。そして影人が爪楊枝に突き刺したから〇げ君の匂いをスンスンと嗅ぎ、パクリとそれを食べた。
もぐもぐと咀嚼してごくりと少女が飲み込むまで、影人は静かに待った。
「あら、おいしい。どことなく優しい味ね」
少女はニコリと微笑み、味の感想を影人に伝えた。
「ふふん、だろ?」
まるで自分が作ったかのようにドヤ顔を披露するもやし野郎である。もちろん、から〇げ君をフライヤーで揚げたのはロー〇ンの店員さんなので、こいつがドヤ顔をするのはお門違いである。
「と言うわけで、俺が親切な一般人ということは証明されたわけだ。じゃあな、嬢ちゃん。気をつけろ――」
「ねえ、あなた。私とお話しない?」
よ、と言い切る前に少女がそんなことを言ってきた。




