第930話 カケラ争奪戦 中国1(4)
「そうか。ならば、今回は我の転移で目的地まで移動するぞ。時間が掛かるのは好かんからな」
しかし、レイゼロールはそこに深く立ち入らずに影人の言葉を信じると、右手を虚空へと向けた。すると、そこに人が何人か通れるような大きさの闇の穴のようなものが出現した。レイゼロールがロンドンで使った複数人用の転移手段だ。
「目的地まで繋いだ。行くぞ。ついて来い」
「それは分かったが・・・・・結局、どこに行くんだよ?」
レイゼロールにそう促された影人は、自分たちが向かう場所がどこであるのかを聞いた。
「・・・・・・・・そんなに遠くはない。我らが今から向かうのはこの国の近国・・・・中国だ」
そして、レイゼロールはそう言ったのだった。
「ここは・・・・・谷か?」
レイゼロールの闇の穴を潜って出た先に広がっていたのは、まるでアニメや絵画に出てくるような美しい光景だった。自然豊かな緑に、そこら中に長くそびえ立つ岩石。一言で言うなら秘境のような場所だ。
「さあな。詳しい地名は知らん。だが、この場所のどこかにカケラがある」
影人の隣にいたレイゼロールは目の前の雄大な自然に全く興味がないようだった。ただ、ジッと何かを探るように周囲の光景を見つめていた。
「・・・・・・どこかだと? お前、カケラの場所が分かったと言ってただろ」
「今、我の視界に映るどこかにあるという事は分かっている。もっと正確に場所を絞り込むためには、もう少し集中する時間がいる」
疑問を抱いた影人の言葉に、レイゼロールは言葉通り集中するように目を細め言葉を吐いた。
「そういうものか・・・・・・・だが、時間を使い過ぎると光導姫や守護者が来るだろ。そうなれば、多少は面倒だぜ」
「・・・・その可能性はほとんどない。こちらに移動して来て我の気配隠蔽の力が解除された兆しはない。それはお前も同様のはずだ」
「・・・・・まあ、そうだな」
影人は片手で帽子を押さえながら、レイゼロールの答えに頷いた。正直、影人の気配隠蔽の力はこのスプリガン時の装束に勝手に組み込まれているので、影人はその辺りの事は全く分からないのだが、ここでその事を言う必要もない。ゆえに、影人は適当に頷いたのだった。
ソレイユとラルバはレイゼロールの気配も、闇の力を扱うスプリガンの気配も察知する事は出来ない。それは、光導姫と守護者が現れないという事だ。
だから、レイゼロールはほとんど妨害を受けないという気持ちで、静かに集中を続けた。影人はレイゼロールの横で、静かに滅多に見る事の出来ない自然を観察していた。2人とも言葉を発していないので、聞こえるのは自然の奏でる音色のみだ。静寂。その一言に尽きる。
――しかし、その静寂は突如として破られる事となった。
「げっ、マジでいやがるじゃねえか。本当にクソダルいぜ。レイゼロールの相手なんかするのはよ。割に合わねえ」
「・・・・・ふっ、久しぶりに楽しめそうだ」
それから3分ほど時間が経った頃、正面からそんな声が響いて来たからだ。声の主は2人。女と男だ。
「っ・・・・・・・・!?」
「・・・・・どうやら、ほとんどない可能性が来たみたいだな」
その声を聞いたレイゼロールは驚いたように細めていた目を見開いた。影人は少し驚いた風にそう言葉を漏らした。
「ああ? レイゼロールの隣にいる奴は・・・・・・・・噂のスプリガンって奴か・・・・? おいおい、どうなってやがるんだ。雇い主様からの情報にはなかったぞ。何でスプリガンとレイゼロールが一緒に・・・・・・・・・」
影人とレイゼロールから30メートルほど離れた先。月明かりしか光源はないが、スプリガンの目は夜目も効くのでその人物たちの姿をはっきりと確認する事が出来た。
まず女の方。口振りからすると光導姫だろう。今の影人と同様の少し長めの前髪。全体的な髪の長さは肩に掛かるか否かといったくらいで、髪の色は黒。眼鏡を掛けた奥の瞳も色は黒。今は顔が疑問からか歪んでいるが、普通に美人といわれる顔の類だろう。
格好は白い着物のようなゆったりとした服に赤い羽織りを纏っている。しかし、下半身はアンバランスに硬さを感じさせる黄色のジーンズのようなズボンを履いている。足元は草履だ。そして、その女は右手に黒い短めの鞭のような物を持っていた。
男の方はおそらく守護者だろう。短めの黒髪に仏頂面。格好はとてもシンプルだ。紺色の道服に、足元は隣の光導姫同様に草履。右手には長さ180センチほどの黒い棍を持っている。男はかなり長身で185センチほどはあるので、それとほとんど同じくらいの長さだ。
「・・・・・隣の男を知っているのか、『軍師』」
「てめえは相変わらずのバカだな『天虎』。お前んところの会議でも議題に上がってたはずだ。あいつはスプリガン。特徴から見れば多分間違いはねえ」
『天虎』と呼ばれた男の言葉に、『軍師』と呼ばれた少女はそう言葉を返した。2つ名持ち。この場に現れたという事から予想は出来ていたが、やはりどちらも最上位ランカーだ。
「バカな。なぜ光導姫と守護者が・・・・・・・・」
光導姫と守護者の出現に、レイゼロールは思わずそう言葉を漏らした。自分とスプリガンの気配隠蔽の力は解けていない。だというのに、なぜ自分の居場所が分かったというのか。レイゼロールは疑問を抱いた。
(まさかスプリガンが何かをしたか? いや、奴は我の前に現れて以来何も怪しい事はしていない。ここにやって来てからも)
レイゼロールは一瞬スプリガンがソレイユやラルバと繋がっているのではと疑ったが、すぐにそれはないと考え直した。レイゼロールはここに来てカケラの気配を詳細に探るのに集中しながらも、一応スプリガンが何かしないか警戒していた。しかし、スプリガンは物理的にも、力も使用してはいない。何もしていなかったのだ。
「・・・・・レイゼロール。俺にもよく分からんが、こうなっちまった以上は仕方がないってやつだ。カケラがどこにあるのか、まだ分かりそうにはないか?」
「ッ、ああ。少なくとも、あと十数分はかかりそうだ」
「そうか・・・・・・・・ならお前はそっちに集中してろ。あいつらの相手は、俺がしてやる。元々、俺を連れてきたのは、こういう場合になった時のためだろ」
影人はレイゼロールにそう言うと、1、2歩ほど前に出た。
「っ・・・・・・・・そうだな。せっかくだ。貴様が本当に信用に足るかどうか・・・・・見極める機会としよう」
「ふん、勝手にしろよ」
改めたようなレイゼロールの言葉に影人はそう言うと、光導姫『軍師』と守護者『天虎』に向かってこう言葉を投げかけた。
「・・・・・・・来いよ、光導姫と守護者。この俺が、お前たちの相手をしてやる」
月下、スプリガンは冷たい声音で2人にそう宣言した。




