第93話 シェルディアの東京観光3(1)
「いや、怪しい者じゃないんだが・・・・・」
人形のように可憐な少女に暗に「出てこい」と言われて、影人は曲がり角から姿を現した。
「怪しい人はみんなそう言うのよ」
不審者を傘で叩き返した尋常ではない少女は、影人をじっと見つめてくる。これは自分も不審に思われているようだ。
(どうしてこうなった・・・・・・・)
夕暮れの中、不思議な少女と見合いながら、影人はなぜこんな状況になったのか、思い出していた。
「・・・・・・やっぱりチーズだな」
風洛高校からの帰り道、影人は牛乳瓶が特徴のコンビニで、から〇げ君を買って食べていた。レギュラーやらレッドやらはたまた期間限定の味など、様々な種類があるが、影人が1番好きなのはやはりチーズ味だ。
「ふっ、しかも今なら1個増量・・・・・・・・嬉しい誤算だな」
こういう小さな幸せを感じているということは、自分に余裕があるということだ。余裕があって、影から1人で暗躍する者。影人はそんな自分を格好いいと考えていた。
「さながら俺は王道から外れし者・・・・・・・」
片手にから〇げ君持っている奴がいったい何を言っているのか。くっくっくっと気味の悪い声を上げながら、頭がヤベーイ奴は少し真面目な事を考えた。
(結局、あれからまだ俺自身には何も起きていないんだよな・・・・・・・)
レイゼロールとの戦いから数日が過ぎた。あの戦いのせいかは分からないが、ここ最近はソレイユから闇奴が出現したとは聞かない。まあ、あくまで自分が呼び出される事態――すなわち陽華と明夜が戦うという事がなかっただけで、世界に闇奴が出現しているとは思うが。
そういった事もあり、影人はスプリガンに変身していなかった。自分が何かに体の自由権を奪われたあの現象が、変身して起こるものなのか、はたまた変身しなくとも起こる可能性のあるものなのかすらも影人には分からない。
しかし、現実としてあれから特に変化はなかった。
「そんなことより、から〇げ君がうめぇ・・・・・・・」
ふざけた思考と真面目な思考を行ったり来たりしながら、自宅まであと少しといったところまで影人は帰ってきていた。
次の角を曲がろうとしたところで、影人は怒り狂ったような声を聞いた。
「このクソガキがっ! こっちが下手に出りゃいい気になりやがって! もう我慢ならねえ! こっちに来やがれ!!」
(何だ・・・・・・・・・・?」
その声は自分が曲がろうとしていた角の先から聞こえてきた。
明らかにただ事ではない雰囲気だ。気になった影人は角に張り付き、こっそりと様子を窺った。
「不愉快だわ。触れないでちょうだい」
見やると、小綺麗なスーツに身を包んだ男と、豪奢なゴシック服を纏った人形のように可憐な少女が何やら言い争っていた。少女の方は見たところ、外国人のようだ。
(明らかに事案じゃねえか・・・・・・・)
冗談ではなく本気の事案である。とりあえず、もやしの自分が出て行っても何にもならないことを知っている影人は少し様子を見守ることにした。
もし少女が連れ去られるような事があれば、すぐさま110番に電話しなければならない。
非力な少女と大人の男なので、その確率は極めて高い。
だが、その結果は影人が予想していた展開とは大いに異なった。




