第887話 危機到来(2)
「香乃宮くん! その風音さんは・・・・・・・」
「あの闇人の拳を受けて意識を失ったの。だから、風音さんはもう戦いには参加できない」
「っ! 負けたというのか、『巫女』が・・・・」
明夜が光司にその事実を伝える。明夜からその事実を伝えられた光司は、ショックを隠せないような声でそう言葉を漏らした。
「・・・・朝宮さん、月下さん。連華寺さんを連れて逃げるんだ。『巫女』が敗れた今、正直僕が戻って来たとはいえ、僕たちが勝てる見込みは限りなくゼロだ。君たちは逃げられないと言ったけど、時間は僕が何とか稼いでみせるから・・・・・・・・!」
状況を理解した光司は、覚悟を感じさせる声で陽華と明夜にそう言った。光司は剣を構えて、2人を守るように前に出た。
「そんなのダメだよ香乃宮くん! だって、そんな事したら香乃宮くんが・・・・・!」
「下手をすれば殺されるわ。風音さんがあの闇人に殺されなかった理由は、正直に言えば分からないけど、それは気まぐれかもしれない。香乃宮くんが殺される可能性は十二分に存在する。同級生が殺されるかもしれないっていうのに、おめおめと逃げるなんて私たちには出来ない」
光司からそう言われた2人は、光司の提言を拒絶した。光司が強いのは2人も知っている。しかし、光司は守護者だ。光導姫と違って、守護者に能力はない。そんな守護者が、『巫女』を破った最上位闇人と1対1で戦うなど自殺行為に等しい。研修を得て色々と知識をつけている2人はその事を理解していた。
「それなら私たちも戦う! 香乃宮くんを見捨て逃げるなんて私たちには出来ない!」
「そうよ。それだけは出来ないわ。死人なんて出させない。絶対にみんなで生き残るのよ!」
そして、その事を許容できる陽華と明夜ではなかった。陽華は気を失っている風音を戦場から離れている場所にそっと横たわらせた。
「っ・・・・・・・・・・・分かった。なら連華寺さんに代わって、絶対に僕が君たちを守ってみせる!」
2人の答えを聞いた光司は様々な葛藤の末、その首を縦に振った。こうなったら、光司が何を言っても陽華と明夜は絶対に退かないだろう。その事が分かっている光司は、先ほどとは違う種類の覚悟を決めそう宣言した。陽華と明夜も、真剣な表情で再びガントレットと杖を構えた。
「・・・・・・・ふん。どっちにしても、宣言した通りあなた達を逃すつもりはなかったけど・・・・・その勇気、いや蛮勇だけは認めてあげるわ」
3人のやり取りを黙って見ていたダークレイは、どこまでも闇に沈んだ冷酷な瞳で3人を見つめた。
陽華と明夜にとって、今までで最大に危険な戦いが始まろうとしていた。
(・・・・・・・マズイな、こりゃ)
その光景を姿と気配を消し見守っていたスプリガン、もとい影人は心の内でそう呟いた。『巫女』が倒れ、光司が戻って来たと言っても、陽華と明夜が直接的に最上位闇人と対峙するこの状況は、相当に危険な状況だ。
(今のところチャンスとは真逆の状況だぜ。まだ何とか助けに入らずに状況を窺えてる感じだが・・・・・・ここからは、いつ俺が助けに入らないといけない状況になるか分かったもんじゃない)
出来ればその状況は避けたい。今日影人がこの場にいるのは、光導姫や守護者を助ける事が本目的ではないからだ。いや、ソレイユが最初に影人をこの場に派遣しようとした理由はそれだが、シェルディアの提言を聞いて、それは本目的ではなくなった。むろん、どうしようも無い危機が陽華や明夜に訪れれば、影人はその本目的よりもいつもの仕事を優先する。
だが、またいつ最上位闇人が光導姫や守護者と戦う状況が訪れないか分からない今、ここで本目的を遂行したいと影人は、いや影人とソレイユは考えていた。なぜならば、影人たちの目的には時間が関係しているからだ。




