第87話 シェルディアの東京観光1(2)
「ふんふふーん。ここに来るのもずいぶんと久しぶりだわ」
レイゼロールの予想通り、シェルディアは東京を訪れていた。今シェルディアがいる場所は渋谷のかの有名な犬の像の前辺りだ。
「あらら、数十年でけっこう変わったわね。それに人もかなり多いし・・・・・・」
照りつける陽光に目を細めながらも、シェルディアは周囲の様子を見渡した。高層のビルに凄まじい数の人々。景色というものはかくもすぐに変わるものだ。
「そうだわ! スプリガンを探す前に久しぶりの東京観光といこうかしら」
パンと手を叩いてそう決めたシェルディアは早速観光を行うことにした。スプリガンのことも気になるが、今は観光をしたい気分になっていた。
「名所を回るにしてもまずはその情報が書いてある物を手に入れなきゃね」
自分がこの地にやって来たのは数十年ぶり。昔にここを観光したときとは、名所や名物なども変わっているはずだ。
よってシェルディアは本屋を探すことにした。本屋にも観光雑誌くらいは置いてあるだろう。
「~♪」
シェルディアは自分の影の中から日傘を取り出すと、それを開いて歩き出した。その一連の不思議な光景を見た人々は驚いて目を見開いていたが、どうせ手品かなにかだろうと勝手に納得すると、興味を失ったように各々の行動へと戻った。
しばらくは気の向くままに歩いて、それでも本屋が見つからなければ、そこらの人間に聞けばいい。今はとにかく歩きたい気分なのだ。
それからしばらくシェルディアは渋谷を散策した。シェルディアはこの場所を渋谷という名称がついていることすら知らない。ヨーロッパの方であるならば、それなりに土地の名称は知っているし覚えているが、ことにそれ以外の地域となるとほとんど知らないし覚えていない。日本と東京という名称はまだ数十年前に1度訪れて覚えていたが、あと100年ほど経てば覚えていないかもしれない。
「んー、ここかしら」
書店らしきものを見つけたシェルディアは、傘を折りたたむとその中に足を踏み入れた。
そこかしらに本があるのでここが本屋で間違いないだろう。ただ、困ったことに本が多すぎるせいで、目的の観光雑誌がどこにあるのかシェルディアには分からなかった。
「少しいいかしら?」
「はい? 何でしょうか?」
場所が分からないシェルディアは店員に聞くことにした。
(うわっ、お人形さんみたいに可愛い子・・・・・・)
シェルディアの姿を目にとめた女性店員は、心の中でそんな感想を抱いた。
その見た目もそうだが、少女の纏っている豪奢なゴシック服もそんな感想を抱かせる要因の1つだった。
「この都市の観光雑誌はどこにあるのかしら? よければ教えてほしいのだけれど」
「東京の観光雑誌ですか? それならご案内いたしますね」
「あら、ありがとう」
店員の言葉にシェルディアは微笑む。その笑顔は少女のようでありながらも、どこか妖艶さを醸し出しているような笑みであった。
「観光雑誌ですとこの辺りですね。東京ならこの5冊ほどです」
女性店員はシェルディアを観光雑誌のコーナーに案内すると、少女に目的の本を紹介した。
「どうも。んー、どれにしようかしら。悩みどころね」
シェルディアはその5冊を眺めながら、人差し指を頬に当て悩む仕草をする。シェルディアにはどの雑誌が1番いいか分からなかった。
「あなたのおすすめはどれ? 私よく分からないから、あなたが決めたものを頂くことにするわ」
「え? おすすめですか・・・・・・」
突然そんなことを言われた女性店員は内心大いに戸惑った。
女性店員はただのアルバイトである。この似たり寄ったりの5冊のどれが1番いいのかなんて事はわからない。
しかし少女はじっと自分を見てくる。これは自分が決めるのを待っているのだろう。
「ええと・・・・・・・じゃあ、これですかね」
苦渋の決断の末、店員は平積みにされている内、右から2番目に置かれていた東京の観光雑誌を手に取った。理由は単純。最新の東京観光とどでかく書かれていたからである。それでいいかのか書店員と言われてしまえば、それまでだがアルバイトなのだ。仕方ないじゃないか。
「じゃあ、それを頂くわ。ありがとう」
ほら少女も笑顔だ。ならばこれでいいのである。
「いえ・・・・・・お客様は東京観光はお一人で?」
人形のように美しい少女に興味を引かれた店員は、ついそんな質問をしてみた。普通に考えて、この少女はまだ子供なので親と日本を訪れているのだろうが、親の姿はどこにも見当たらないので、そう聞いてみたのだ。
「ええ。東京を訪れるのは久しぶりだから、観光地も変わっているんじゃないかと思って。だから観光雑誌を探していたの」
「は、はあ・・・・・・・そうでしたか」
思ってもいない答えが返ってきた女性店員は、驚きと当惑が入り交じったような表情を浮かべた。もしやこの少女は実はけっこういい年なのではないのか。そう、あれは何と言ったか。確か合法ロリだ。
まさか店員がそんなことを思っているとはつゆ知らずに、シェルディアは店員と一緒にカウンターまで足を運んだ。幸い、誰も並んでいなかったのですぐさまお会計に移ることが出来た。
「では一点で1078円です」
値段を読み上げながら、女性店員はなぜ観光雑誌は微妙に高いのかというどうでもいい疑問を抱いた。
「あ、お金ね。えーと、日本円あったかしら」
シェルディアは、店員に見えないように影から可愛らしい古びたサイフを取り出すと、中身を物色した。サイフの中には世界各国の様々な通貨や紙幣が入っていたが、日本円は見当たらなかった。
「ないわね、仕方ないからカードでお願い」
「あ、はい。では失礼して――えぇ!?」
クレジットカードを持っているということは、やはり合法ロリかと店員は確証を得たが、そのカードを見て思わず両目を大きく見開いた。




