第868話 文化祭と前髪野郎(4)
「諸君、約束の時は来た。今こそ世界に俺たちの魂を示す時だ」
夕方、時刻にすれば午後5時過ぎ。風洛高校2棟校舎裏で眼鏡をかけた男子生徒、通称Bはメガネを軽く押し上げそう宣言した。
「遂に来たか、この時がよ・・・・・・」
「刻むぜ、俺たちの勇姿ってやつを!」
「俺の箒捌き、お披露目してやるぜ!」
「へっ、俺のモップ捌きもな!」
「やってやろうぜ!」
Bの宣言を受けて周囲に集まっていたA、C、D、E、Fの5人もやる気に満ち溢れた顔になる。5人はそれぞれ、学校のロッカーから借りた古い箒やモップを持っていた。
「・・・・・幕は上がったって事だな。上等だぜ」
「ふっ、頼もしい言葉だ。帰城くん・・・・いや、ミスターG」
5人に続き、そんな言葉を漏らした前髪の長い男に向かって、Bは男の名を呼んだ。昨日メンバーに加わる事になった男、通称前髪や・・・・・Gである。Gも5人と同じように古びた箒を持っていた。
「よせよ、俺は頼もしくなんかないぜ。ただ、お前が俺の事を頼もしく見えているとしたら、それは俺がお前たちに全幅の信頼を寄せているからだ。俺たちは魂で繋がった者たちだからな」
完全に雰囲気に酔っているのか、厨二全開の頭がどうかしているアホ前髪はそんな言葉を恥ずかしげもなく述べた。
「「「「「「G ・・・・・」」」」」」
普通ならそんな言葉を聞けば、間違いなくドン引きされるか可哀想なものを見るような目を向けられる。だが、ここにいる野郎どもはこいつと同レベルのアホである。アホどもは感動したような熱い目をアホに向けた。
「ああ、俺たちならいける! 魂で繋がった俺たちなら! なら行こうぜお前たち! 場所は中庭のど真ん中! そこでライブを始めるぞ!」
「「「「「「おうよ!」」」」」」
テンションが昂ったBが右手を天に掲げながらそう言うと、A、C、D、E、F、Gの6人もそれに応えた。計7人のアホどもは、ライブ会場へと向かうべく歩みを始めた。
「俺の天使の歌声で、俺たちのファーストシングル、『セブンス・バック・ヴァレット』をこの学園の全員に届けてやるぜ」
マイクとスピーカーは軽音楽部の友人に頼んで、密かに中庭に既に設置している。後は魂を解き放つだけだ。Bは不敵に笑いながら、メンバーを引き連れた。
さあ、ショータイムだ。
「このアホども! 何を勝手に騒音を撒き散らしてるの! 普通に迷惑なの! 分かる!?」
「「「「「「「すいません・・・・・・」」」」」」」
だが、結果としてショータイムは来なかった。7人のアホどもは地べたで正座をしながら、怒り狂う真夏に謝罪の言葉を述べていた。
「そもそもあんた達バンドの申請してないでしょ! いくらウチの文化祭が自由といっても限度があるわ! 申請くらいしなさい! しかもボーカルの歌尋常じゃなく下手くそだったのが余計に腹立つわ!」
しかし、それでも真夏の怒りは鎮まらない。当然である。生徒会長の真夏からしてみれば、これから最後のキャンプファイヤーの準備で忙しいというのに、こんなどうでもいい事に時間を割かれているのだ。真夏は激怒していた。
「ガ、ガーン・・・・・・」
「そんな会長! Bは必死に歌っていて――!」
「必死であれならセンスがないわ! ボーカル変えなさい!」
真夏の容赦ない言葉にショックを受けるB。そんなBを擁護するかのように、Eが擁護しようとするが、真夏は聞く耳を持たなかった。
「というか1番謎なのは、このメンバーの中にあなたがいる事よ帰城くん! 他のバカたちならいざ知らず、あなたこんな事するキャラじゃないでしょう!?」
そして、そのまま真夏の怒りの矛先は顔見知りである影人の方へと向かった。
「・・・・・会長。男には引けない時があるんです。意地があるんです、男の子には・・・・」
真夏からそう言われた影人は、悲しそうなしかし信念があるかのような声音でそう返事をした。
「意味が分からないわ! 全く・・・・・・・とりあえず、私も忙しいから今日はこの辺りにしといてあげるわよ。その代わり、明日の文化祭の片付けの時、自分のクラス以外にも生徒会の管轄の場所手伝いなさいよあんた達! はい、じゃあ解散!」
影人の言葉をそれはもうバッサリと切った真夏は、まだ怒った様子ではあったがそう言ってこの場から去っていった。
「怖ぇ・・・・・流石ウチの会長だぜ・・・・・・・・」
「マジで怖かったな・・・・・・」
「ううっ・・・・俺だって頑張って練習したのに・・・・・・・・」
「元気だせよB、お前の歌は確かに俺たちの心には響いてたぜ・・・・・」
「そうだ、イカしてた」
「でも申請忘れてたのはアホだったよな、俺たち・・・・・」
真夏が去り正座を崩し立ち上がったA、C、B、D、E、Fの6人。6人はそれぞれそんな言葉を交わし合った。
「・・・・・あんまり落ち込むなよお前ら。まだ1回ライブが中止になっただけだ。俺たちが諦めない限り、チャンスはまだまだあるはずだ」
そんな6人を慰めるかのようにGことバカ前髪がそんな事を言った。影人の言葉を聞いた6人はハッとしたように影人を見つめた。
「俺たちが再びライブメンバーとして集うのはその時だ。体育祭に修学旅行、チャンスはまだまだある。だから、落ち込む暇なんかないぜ」
格好をつけた笑みを浮かべながら、影人は6人にそう言葉を続けた。
「そうだよな、お前の言う通りだ!」
「ああ、俺たちはこんなところじゃ終わらない!」
「こんなんじゃ満足できねえぜ!」
「俺たちはやるしかねえんだ!」
「そうさ! それがが男ってもんだ!」
「次は会長をギャフンと言わせてやろうぜ!」
バカ前髪の言葉に影響されたバカどもは熱い口調でそう言って、それぞれ拳を握りしめた。心に再び火が灯ったバカどもを見たバカ前髪は、満足気な表情になる。
「なら、今日のところは気分を切り替えて楽しもうぜ。今から例年のキャンプファイヤーだ。お前ら、準備はいいな?」
「「「「「「ああ!」」」」」」
「だったら走るぜ! 運動場に向かって!」
テンションがいつもより数段おかしい前髪はそう叫ぶと走り始めた。前髪に影響されたバカ6人も影人にならうように走り始める。影人を含めた7人の顔はなぜか煌めいていた。
だが、その煌めきはきたねえ花火みたいだった。




