第851話 文化祭は賑やかに(4)
「ええ、少しおめかししてみたの。どうかしら?」
影人からそう指摘されたシェルディアが、クルリとその場で回った。その際にフワリといい匂いが広がる。香水も少しつけているようだ。
「どうもこうも・・・・・・似合ってると思うぜ。周りの奴らも嬢ちゃんに目を奪われてるしな」
影人はシェルディアにそんな感想を述べた。実際、周囲の生徒たちも「え、何あの子可愛すぎるんだけど・・・・」「美しすぎる・・・・」「ズキュンバキュンと来たぜ・・・・・・」とシェルディアに注目していた。
「周りの感想はどうでもいいの。私が聞きたいのはあなたの感想よ」
影人の言葉を聞いたシェルディアは少しムスッとした表情になった。マズったと直感した影人は、慌ててこう言葉を付け加えた。
「さ、さっきも言っただろ似合ってるって! あ、そ、その綺麗だよ・・・・・!」
普段女性に対してそんな事を言わない前髪は、少し恥ずかしそうにそう言った。シェルディアは自分とは凄まじく歳が離れているという事はもう分かっているので、おばあちゃんに言う感覚に似ているだろうし恥ずかしいという事はないはずなのに。しかし、やはりシェルディアの外見がそうさせるのか、影人は普通に照れていた。
「ふふっ、そう? ありがとう、あなたにそう言ってもらえて嬉しいわ」
影人からそう言われたシェルディアは嬉しそうに笑った。年相応の少女のようなその笑みに、影人も釣られたように口元が緩んだ。
(ったく、あんだけ最強で恐っそろしいのによくそんな笑み浮かべられるぜ。まあ、その2面性がきっと嬢ちゃんの魅力なんだろうが)
数日前にシェルディアと本気の殺し合いをした影人だからこそ、その笑みにそんな感想を抱ける。死ぬ気で本気だったあの戦いも、数日経てばそんな感じに思えるなら、まあ今がいい現実だという事だろう。
「じゃあ、案内してくれるかしら影人? いや、この場合はエスコートね」
シェルディアが期待したような目を影人に向けてくる。影人は苦笑しながら答えを返した。
「エスコートできる度量は、悪いけど俺にはないぜ嬢ちゃん・・・・・・・・・だがまあ、約束は約束だ。出来る限り嬢ちゃんが楽しめるように努力するよ。じゃ、行こうか」
影人は案内のためにシェルディアの先を歩こうと足を動かした。だが、それを良しとしないようにパシリと影人の右手に少し冷たいシェルディアの左手が触れた。
「え?」
「何を驚いているのよ影人。こういう時は、しっかり淑女の手を引くものよ」
驚いている影人にシェルディアは悪戯っぽい顔になりながらそう言葉を呟いた。そのアクションのせいか、周囲でシェルディアの様子を窺っていた生徒たちがまた注目した。中には影人に殺意を飛ばす視線もある。
「い、いや悪い嬢ちゃん。手繋ぎは勘弁してくれないか? 流石にこれ以上注目を集めたくは――」
「ダメよ。拒否するなら、陽華と明夜にあなたがスプリガンだってバラすわ」
「お、鬼だな嬢ちゃんは・・・・・・それ言われたら従うしかねえじゃん・・・・」
いや実際に吸血鬼なのだから鬼といえば鬼か。そんなしょうもない事を心の片隅で思いながら、影人は仕方なくこう言った。
「・・・・・・・・・・・分かったよ。ったく、嬢ちゃんに弱み握られたのは厄介だぜ」
「あら、私だからこれくらいで済んでいるとは思わない?」
「はっ、物は言いようだな」
影人はシェルディアの手を握り返した。目立つのは嫌だが今日だけは仕方がない。なぜなら、自分は優しい吸血鬼に可愛く脅されているのだから。
そんなやり取りをしながら、影人とシェルディアは手を繋ぎながら歩き始めた。
「――あ、あの偏屈前髪・・・・・・僕にずっと謝らないだけでも気が済まないっていうのに、あの子と文化祭デートだって・・・・・!? ゆ、許せない・・・・・!」
そして、その光景を密かに暁理は見ていた。




