第848話 文化祭は賑やかに(1)
「確かに来るとは言ってやがったが・・・・・ったく、面倒な予感だぜ・・・・・・・・」
影人はため息を吐きながらそう呟いた。全く、どこまでも面倒な男である。
(だがまあ、今の俺は顔を隠した赤い◯星。香乃宮の奴も流石に俺の事は分からんだろう)
しかし、影人は自分の格好を思い出すとすぐにそう考えを改めた。目元は仮面で隠れているし、前髪も今はヘルメットの中。自分が帰城影人だと光司にバレる理由はない。
「焼きそば持ってきましたー」
影人は光司の座っている丸テーブルを横切って、給仕係に焼きそばを乗せた盆を手渡した。給仕係の女子生徒は「あ、どうもです!」と影人に礼を述べると、それを注文した生徒に届けた。
(ふっ、香乃宮光司敗れたり・・・・・)
影人は再び光司のテーブルを横切って教室の端に行こうとした。その際、アホバカカスのパチモン野郎は内心でそんな事を呟いた。こいつは本当にどこまでいってもアホである。
「あ、帰城くん。約束通り、来させてもらったよ」
だが、敗れたのは実は前髪の方だった。光司は通り過ぎようとする影人にニコリと笑みを浮かべながらそう言った。
「ッ!? な、何の事だ・・・・・? 私はシ◯ア・アズ◯ブル。しがないジ◯ンのパイロットに過ぎない人間だ。帰城などという者ではないよ」
光司にそう言われた影人はギクリとしながらも、少し震えた声でそう言葉を返した。影人あくまでシラを切り通そうとした。
「? 僕が帰城くんを見間違えるはずはないんだけど・・・・・・・ああ、なるほど。そういう設定なんだね。帰城くんの本気さに僕は感動するよ」
その言葉を聞いた光司は一瞬わけがわからないといった感じで首を傾げたが、勝手にそう納得すると、なぜか影人に尊敬の眼差しを向けて来た。
(え、こいつ頭は大丈夫か・・・・・・?)
影人は光司の正気を疑った。意味がわからない。なぜそこまでプラスに考え、自分を尊敬すると言えるのか。あと聞き間違いでなければ、とてつもなく恐ろしい言葉も聞いた気がした。
「え? 香乃宮くんとあの前が・・・・・シ◯アって知り合いなの・・・・?」
「う、嘘・・・・似合わな過ぎてヤバい・・・・」
「しかも何か香乃宮くんのシ◯アに対する好感度が無駄に高い気がする・・・・」
光司と影人のやり取りを見ていた2年7組の女子たちがヒソヒソとそんな事を呟いている。影人はこれ以上目立つのはマズイと直感した。
「と、とにかく人違いのようだから私はこれで失礼させてもらう! 勝利の栄光を君に!」
影人は光司に一方的にそう告げると、教室の隅へと走り注文用紙を持っている女子生徒に突撃し、「もらいますね!」と言って注文用紙を強奪した。
「え、ちょ・・・・・・・!」
「あ、待って帰城くん! 出来れば明日一緒に文化祭を回ら――」
影人に注文用紙を引ったくられた女子生徒と、光司が何かを影人に告げようとしていたが、影人はそんなものは無視して教室から逃げ出した。
「あ、危なかったぜ・・・・・」
教室から逃走したパチモンの彗星は階段を降りながらホッと息を吐いた。あのまま光司と話を続けていれば、間違いなく面倒な事になっていた。
(と言っても、このまま家庭科室行って教室に戻ったらまだ香乃宮の奴いるよな。ここでバックれたら確実にクラスの奴らのヘイト買うし・・・・・・・・はてさて、どうするか・・・・)
影人は悩んだ。別に、影人はクラスメイトから嫌われようがどうでもいいと思っている。だが、無駄に嫌われる必要もないと思っている。嫌われるというのは目立つという事だ。影人は目立つのが嫌いだ。ゆえに、影人はクラスメイトたちからは「影の薄い奴」くらいに思われたいと考えている。
まあ、実際はその真逆で「前髪のヤバい奴」という認識を影人は受けているのだが、影人はその事を知らない。




