第832話 人と女神と吸血鬼と(2)
「・・・・・で、そろそろ教えてくれ。俺がここにいる吸血鬼と戦って負けた後、何があってこんな状況になったんだ?」
影人はペンデュラムをズボンのポケットに仕舞うと、ソレイユに向かってそう問うた。敵であると判明したシェルディアと話し合いをするに至った背景、それが影人には分からないのだ。
「・・・・・・・・・あなたがシェルディアと戦い気を失った後、私はあなたのいる場所に降りました。あなたを、シェルディアに殺されないようにするために」
「っ、マジか・・・・・・・」
ソレイユが地上に降臨した。その事を聞いた影人は軽く息を呑んだ。確かに、神は地上に降りる事が出来るとソレイユから聞いた事がある。事実、守護者の神であるラルバなどは、定期的に地上に降りてはソレイユにお土産を買ってくるらしい。影人もそのラルバが買ってきたお土産であるという、東京バ○ナをここで食べた事がある。どうでもいいが、あれは美味かった。
いや、そんな事は本当にどうでもいい。確か、神は地上に降りると――
「おい、ソレイユ。てめえ正気か・・・・・? 神は地上に降りると、ほとんど普通の人間と変わらないんだろ? そんな状態で、こいつの前に出たって言うのかよ・・・・・? ・・・・・・お前はバカか!?」
そう。神は地上に降りれば制約に縛られ、普通の人間とほとんど同義の存在となる。影人はいつかソレイユからその事を聞かされた。だから、影人は信じられないといった口調でソレイユにそう言ったのだ。
影人はシェルディアの強さを知っている。実際、影人は裏技的に『世界』を顕現させてもシェルディアには勝てなかった。そんな相手に、一般人とほとんど変わらないソレイユが何も出来るはずがない。シェルディアは敵。下手をすれば、殺されていたかもしれない。生きて今ここにいる事態が奇跡のようなものだ。
「・・・・・・・・あなたの言う事は分かります。ですが、私は万が一にでもあそこであなたを失う訳にはいかなかった。・・・・それに、シェルディアとは一応顔見知りでもありました。だから、大丈夫だと踏みました」
ソレイユは影人の言葉の意味をしっかりと理解しながらそう答えを返した。いつもの煽るような言葉でも悪口でもない。影人は本気でソレイユの事を心配してくれたのだ。
「っ? ま、待てよ。・・・・・・シェルディアとお前が顔見知りだと・・・・・・?」
その箇所をどうしてもスルーする事が出来なかった影人は驚愕したようにそう言葉を漏らす。その情報は初耳だった。
「ええ、そうなの。私とソレイユは昔から何度か顔を合わせた事がある顔見知り。お互い、無駄に長生きしてるから自然とね。・・・・・・・まあ、今の私はレイゼロール側だから、ソレイユとは一応敵同士という事なのだけど」
ソレイユの代わりに答えたのはシェルディアだった。何でもないような口調だ。
「顔見知りという事なら、あなたとシェルディアが顔見知りだったという事に私は大いに驚きましたよ。しかも、シェルディアは現在はあなたの隣人だと言うではないですか。昨日少しシェルディアと話した時に聞きました」
「そりゃお前からしてみたらそうだろうが・・・・・・・・俺も昨日は驚いたんだ。まさか隣人が・・・・・敵で吸血鬼なんてな・・・・」
「それは私もよ。影人がまさかスプリガンだったなんて思いもしなかったわ。私ですら欺くほどの認識阻害力があったのが、その原因だけど」
影人に対してソレイユが、シェルディアに対して影人が、影人に対してシェルディアがそれぞれそんな言葉を漏らす。ここにいる3者は、全員ちゃんと今のこの状況を受け入れられていない。その事が、3者の言葉の端からは感じられる。
「・・・・・・・・・・だが、お互いの関係について詳細に話すと時間があっという間になくなる。だから、今は関係性は置いといて、先に話すべき事を話そうぜ」
影人はこの場の空気からその事を感じ取ると、主にソレイユにそう促した。今はなぜ、自分とソレイユが敵であるはずのシェルディアと話し合いをする事になったのか、その事を話していたはずだ。
「・・・・そうですね、あなたの言う通りです。話を戻しましょう。私は地上に降り、シェルディアと相対しました。そこで、私はシェルディアに提案しました。少し話さないかと」
影人の言葉を受けたソレイユが、話の内容を元に戻す。すると、ソレイユの言葉を引き継ぐように、シェルディアが再び口を開いた。




