第830話 スプリガン、そのベールは剥がれ(5)
『それについては後で全てお話します。それよりも影人。あなたは今シェルディアと一緒ですね? 人気のない場所まで移動したら教えてください。あなたたちを私の場所まで転移させますので。その際、シェルディアに『世界』を纏って気配を断絶する事を伝えておいてくださいね。では、一旦失礼します』
「あ、おい・・・・・!」
怒涛のように告げられた影人の理解を超える言葉に、影人はついそんな声を漏らした。急にそんな声を出した影人に、前を歩いていたシェルディアが不思議そうな顔を向けて来る。影人はシェルディアに対して、「わ、悪い。何でもない」と少し慌て気味に言葉を返す。
「そう? ならよかったわ」
シェルディアは軽く頷くと、再びマンションの廊下を歩き始めた。影人もまたシェルディアの後に続く。だが、内心は全く以てぐちゃぐちゃだ。
(まるで意味が分からんし、今がどんな状況なのか理解できねえ・・・・・・・・・)
ソレイユのあの様子だと、自分が今シェルディアと一緒にいる事は理解している。たぶん自分の視界を見たのだろう。だが、なぜソレイユはあんなに落ち着いていたのか。それも、影人にとっては疑問でしかない。
「取り敢えず、ここでいいかしら?」
影人が疑問に心を支配されながも、シェルディアの後を歩き続け5分ほど。マンションから出たシェルディアと影人は、人気の少ない路地裏に来ていた。
「影人、あなたソレイユと連絡が取れるのよね? なら、ソレイユにいつでも転移をしても大丈夫だと伝えてくれない?」
「わ、分かった。・・・・・・そういえば、ソレイユの奴が『世界』を纏って気配を断絶しろって言ってたぜ。あんたの事だから、『世界』の応用は出来るんだろうが・・・・・」
立ち止まってそんな事を言って来たシェルディアに、影人は頷きながら先ほどソレイユから言われた事をシェルディアに告げた。ちなみに、『世界』を纏うという事が『世界』の応用と影人が知っているのは、影人の禁域にいる影から得た知識からだ。
「そう。確かに神界に私のような者が侵入すれば大事だものね。了解したわ」
シェルディアは何でもないように頷くと、自身の周囲、半径30センチほどのごく小規模の『世界』を顕現させた。そして、シェルディアはその『世界』を薄い透明な膜のようなものに変化させると、その膜を自身の肉体に纏わせた。
(すげぇ・・・・・・・・・)
その光景を影人は驚嘆しながら見つめていた。『世界』に関する知識がある今の影人には、シェルディアがどれほどの絶技を行っているのか分かる。恐らく、あれは自分には出来ない。
「これで大丈夫よ」
「ああ。じゃあ・・・・」
シェルディアが『世界』を纏い気配を断絶した事を確認した影人は、ソレイユに念話をして準備が完了した事を伝えた。するとその数秒後、影人とシェルディアを中心に光の粒子がその場を包み始めた。
そしてそれから10秒後、影人とシェルディアは光の粒子となってその場から姿を消した。
「お待ちしていました。影人、そして『真祖』シェルディア」
暖かな光が満ちる場所。神々が住まう場所、神界。その中の女神の一柱であるソレイユのプライベートスペース。随分と来慣れてしまったその場所にやって来た影人、そして、恐らく初めてこの空間にやって来たであろうシェルディアは、ソレイユからそう挨拶を受けた。
「へえ。ここが神界・・・・・流石の私もここには来た事がなかったから興味深いわ」
「おい、ソレイユ。取り敢えずはお前の言う通りにここまで行動して来たが、いったい何がどうなってるんだ? 俺には全く事態が理解できてねえ」
神界に来たシェルディアは興味深げに周囲を見渡し、意識を取り戻してから疑問に心を支配されていた影人は、ソレイユにそう聞いた。
「影人、あなたの気持ちは分かります。気を失っていたあなたからすれば、この状況は理解できていなくて当然です。そして、現在の状況をあなたに伝えるためにも、私とシェルディアはこの場を設けました」
ソレイユはどこか焦ったような影人にそう言って、こう言葉を続けた。
「さあ、始めましょう。誰にも知られぬ会談を。神と吸血鬼と人による、今までとこれからの話を」




