第826話 スプリガン、そのベールは剥がれ(1)
謎の怪人スプリガン。そのスプリガンがいったい何者であるのか、シェルディアはずっと興味を抱いていた。そして今、そのスプリガンの正体をシェルディアは知った。いや、知ってしまった。
「影人、あなたが・・・・・・・・・あなたが、スプリガンだったというの・・・・・・? そんな、どうして・・・・・・何で私は・・・・・・今まで気づかないで・・・・・・・・」
シェルディアは口元に当てた手を震わせながら、かつてないほど動揺した。それは今まで生きてきた中で1番の動揺だった。
「わ、私は・・・・・あなたを・・・・・・・あなたをこの手で殺そうと・・・・・・・・・!」
そして、シェルディアは戦慄した。口元に当てていた手を外し、小刻みに震えている自身の両手に視線を落とす。一歩でも間違えれば、自分は影人を殺していたのだ。その事実が、たまらない恐怖となってシェルディアを襲って来た。今の自分への生の執着たる人間を、先ほど生への希望として思い浮かべた人間を、シェルディアはこの手で殺そうとしていたのだ。なんたる残酷な運命の皮肉だろうか。
(いや、そんな事を思うのは後でいいわ。今はそれよりも影人を介抱しなくては・・・・・・・!)
シェルディアは自分の首を左右に振って、無限に湧き出て来そうな自責の念をなんとか振り払うと、気を失っている影人に近づこうとした。だが、シェルディアが影人に近づこうとすると、どこからか女の声が聞こえて来た。
「――その子に近づかないでください。真祖、シェルディア」
「っ・・・・・・?」
その声はどこか聞き覚えのある声だった。遥か昔に1度か2度聞いた事があるようなそんな声。だが、誰の声かまでは思い出せない。シェルディアは声の聞こえて来た方に顔を向けた。
月明かり以外に照らすものが殆どない世界の中、シェルディアと影人の方に向かって1人の女性が歩いて来る。見た目は若い。人間でいうと、だいたい20歳くらいだろう。服装は白いワンピース。足元を飾るは水色のサンダルだ。
顔立ちは非常に整っており美しい。髪の色は桜色で、長髪だ。全体的に、そして客観的に見ても超がつく美女。その女性を一言で表すならそれであった。
「あなたは・・・・・・・・」
突如として現れたその女性をシェルディアは知っていた。現在シェルディアはレイゼロールサイドに属している。ならば、光導姫の元締めたる目の前の女神の存在は知っていて当然だった。まあ、この目の前の女性の姿を見て、光の女神と分かるのはレイゼロールサイドでは、恐らくシェルディアとレイゼロールくらいだろうが。それ程までに、目の前の女性は地上には滅多に現れない。
「お久しぶりですね、シェルディア。あなたとこうして会うのは」
シェルディアと影人に近づいて来たその女性は、シェルディアをしっかりと見据え、そう言ってきた。
「・・・・・・ええ、久しぶりね。だいたい1000年ぶりくらいかしら。して、あなたがいったい何の用? なぜあなたはここに現れ、この人間に近づくなと言うのかしら。ねえ・・・・・・・・・ソレイユ」
シェルディアは一周回って冷静さを取り戻したかのように、その女性の名を呼んだ。
シェルディアとソレイユ。その2者の邂逅に何かの意味があるかのように、一陣の温い風が吹いた。
その風は何かの祝福の風か、あるいは破滅の風か。それを知る者は誰もいなかった。




