第823話 世界顕現(3)
「出来ないだろ。あんたは案外鈍感みたいだからもう1回言うか。この『影闇の城』は全てから隔絶された『世界』だ。だから、例えお前が『世界』を顕現させようとしても無理なんだよ。俺がこの『世界』を解除しない限り、この『世界』にいる者は、何をしようが他の場所、他の空間に辿り着く事は出来ない。それがこの『影闇の城』の第1の特性だ。その特性は、この城以外の『世界』さえも認めない」
影人は戸惑っているシェルディアを嘲笑うかのようにそんな説明を行った。
「・・・・・・・・・そう。それは規格外ね。自分の『世界』以外を認めない。そこに、私はあなたの傲慢さが表れていると思うけど。・・・・・でもね、スプリガン。あなたにはまだ私を斃す上での問題があるわ。それは私を――」
「不死性だろ? 悪いがそいつももう解決済みでな。『影闇の城』第2の特性――この城に存在する者は生も死もない。それを決めるのは、この城の城主たる俺だからだ」
シェルディアの言葉を引き継ぐように、影人はそれを指摘する。だがフッと笑うと、影人はこの城の次なる説明を始めた。
「こいつもさっきから言ってるように、この城はいずれ全ての者が辿り着く魂の終着点だ。つまり、どんな世界よりも魂ってやつが表層に現れる。その状態は、まさに生と死の狭間。生きていて死んでいる。そして、その魂は全てまっさらになっている。・・・・・・分かるか? 今のお前は生と死の狭間にいる不安定な者なんだよ。そして、魂もまっさらに漂白されている。例えお前の魂に不死性が刻まれていたとしても、それは現在無効化されている。もはやお前は不死じゃない」
「・・・・・・・・嘘、ではなさそうね」
影人からこの『世界』に関する第2の説明を聞かされたシェルディアが、そんな声を漏らす。変わらず緊張した面持ちで。スプリガンの言葉が嘘ではない事を理解したからだ。シェルディアはチラリと自分の胸部に目を落とした。するといつの間にか、ボゥと自分の胸に白い炎のようなものが灯っていた。シェルディアも可視化して見るのは初めてだが、これがまっさらに浄化された自分の魂というものなのだろう。
「嘘なんかこの場面でつくかよ。さて、いよいよ終局だぜ吸血鬼。後は、俺が不安定なあんたに決定を下してやるだけだ。――死という決定をな」
スプリガンはそう言って再び歩みを始めた。ゆっくりとだが確実に。そして、再び歩みを始めたスプリガンにある変化が訪れた。
徐々に、徐々にスプリガンの体がぼんやりとした闇に覆われ始めたのだ。それは足から覆い始め、やがては胴体に、両手に。そしてスプリガンの顔に到達し、スプリガンは影のようになった。唯一、両目と口に当たる位置に白い穴が空き、そこが顔だという事を認識させる。
その姿は、もし知っている者がいれば、否応にも影人の中にいる影を想起させるようなものであった。




