第822話 世界顕現(2)
周囲の空間は全て闇に塗り潰される。その闇と同化するようにスプリガンの姿も闇の中に消えていく。シェルディアは1人、完全なる闇の中にその身を晒す事になった。
「これは・・・・・・・」
完全なる闇の中、シェルディアの声だけが無常に響く。そしてしばらくすると、薄明かりと炎が灯り始めた。
天井にぼんやりと輝く明かりと規則的に並ぶ炎(色は赤ではなく青。いわゆる蒼炎だ)の固定された松明が、暗闇を照らし、ここがどのような場所かを露わにする。天井は高い。そしてとても広い空間だ。大広間のような場所と言った方が適当だろう。闇色の柱があったり、闇色の美しい装飾があちらこちらに見て取れる。そして、この大広間を取り囲むように周囲には2階がある。その光景はまるで、西洋のどこかの城内のようであった。
『キシ、キシシ!』
『ニキョ? ニキ、キシシ!』
『キシシシシ、キシ!』
「っ・・・・・・!?」
シェルディアが周囲を観察していると、何かの笑い声が聞こえて来た。シェルディアが声のする方、2階の方に目を向ける。するとそこには不思議なモノたちがいた。数は3。大きさはそれ程ではない。人間の5歳児くらいの大きさだ。体型も小さな人間に似ており、体の色は闇色だ。しかし奇妙なのはその顔だ。顔に当たる箇所には両目と口の部分に白い穴があり、そのモノたちはその白い穴を歪ませ、シェルディアを指差しながら笑っていた。
「――アイツらをあまり気にする必要はないぜ。アイツらこの城に住むただの無害な魂だ。今はただお前を面白がってるだけだ」
シェルディアが2階のモノたちに意識を向けていると、正面からそんな声が聞こえて来た。シェルディアは今度はそちらの方に視線を移した。
正面に映るのは、闇色の玉座。その玉座に1人の男が片足を座っているイスに上げながら、乱雑に座っていた。まるで、自分こそがこの世界の主だとでも言うように。
「さて・・・・・どうだ、俺の『世界』を見た感想は? なあ、不死身の吸血鬼さんよ」
その男――スプリガンは睥睨するかのように金の瞳でシェルディアを見つめると、そう言葉を発した。
「スプリガン・・・・・・・・これが、この城内のような場所が、あなたの『世界』だというの・・・・?」
その問いかけに、シェルディアは緊張したような面差しでそう言葉を述べた。その表情に、もはや余裕はなかった。
「そうだ。これが俺の『世界』、『影闇の城』。いずれ全ての者が辿り着く、全ての世界から隔絶された終着点。この城の中では、どんな者だろうが須く平等となる。・・・・・この城の城主たる俺だけは例外だがな」
影人はそう答えながら、乱雑に座っていた玉座から立ち上がった。そして、ゆっくりとシェルディアの方に歩を進める。
「・・・・・あなたが本当に『世界』を顕現できた事には驚いたわ。心の底からね・・・・・・・・・でも、関係ないわ。私がもう1度『世界』を顕現すれば、空間は再び私の『世界』に塗り変わる。そして、あなたはもう『世界』を顕現できる力は残っていないはずよ。この戦い、やはり勝つのは私という事になるわ」
シェルディアは自分に近づいてくるスプリガンに向かって毅然とした態度でそう言った。そう。『世界』には驚いたが、シェルディアがもう1度『世界』を顕現すればそれで全て元通りだ。ゆえに、シェルディアの勝利は揺るがない。
「くくっ、吸血鬼お前俺の話を聞いてたか? 言ったはずだぜ。ここは全てから隔絶された『世界』だってな。まあ、いい。試してみろよ、ご自慢の『世界』をもう1度顕現させる事が出来るかな」
しかし、影人は立ち止まると笑いながらシェルディアにそう促した。やれるものならやってみろ。まるでそう言っているかのようだ。
「言われなくとも、やるつもりよ」
そんなスプリガンの態度を不快に思いつつも、シェルディアは再び『世界』を顕現させようとした。
だが、
「っ・・・・・・?」
シェルディアはなぜか『世界』を顕現させる事が出来なかった。




