第814話 閉ざされた記憶の中で(2)
(本当に影人の野郎、意識を取り戻したら文句言ってやる・・・・! あんな言葉じゃ普通は意味が分からねえぞ・・・・・・・・!)
イヴはつい今は眠っている(意識を失っているという意味で)影人にそう毒づく。影人が意識を失う前にイヴに告げた『俺は許可する』というあの言葉、最初は意味が分からなかったが、イヴは何とか一瞬の内に考えを巡らせ影人のその言葉の意図に気がついたのだった。
その意図とは、影人が気を失っている間にイヴが影人の体を動かせという事だ。スプリガン形態は、影人の意識がなくなった時点で本来は変身が解除される。しかし、入れ替わりのように別の意識がそのスプリガン形態の体の主意識となれば、変身は解除されない。それは過去にイヴが影人の体を乗っ取った時にも分かっている事実だ。影人はそれを利用して、戦いの継続を考えたのだ。
しかし、それには問題がある。その問題とは、イヴと影人との契約だ。イヴと影人が結んだ契約は2つ。1つは、影人が十全に力を振るえるように、スプリガンの力の化身たるイヴは力を貸す事。これに関しては今は問題はない。問題はもう1つの方、イヴが影人の体を絶対に乗っ取ってはいけないという契約の方だった。この契約がある限り、イヴは絶対に勝手に影人の体を乗っ取れない。もし、イヴが影人の体を乗っ取る、また主意識になろうとする場合は、契約主たる影人の許可がいる。
そこで先ほどの影人の言葉が関係してくる。「俺は許可する」、この言葉は咄嗟の事だったので目的語が抜けているが、実はイヴにその事に関する許可を与えるものだった。影人の許可が出た事により、イヴは現在影人の体の主意識になる事が出来たのだった。
(つっても文句を言ってちゃ始まらねえか。俺の今の役目は影人のバカ野郎が意識を取り戻すまで時間を稼ぐ事。・・・・・・普段なら暴れられるって喜ぶところだが、今回は相手が化け物すぎる。癪だが、俺じゃ絶対に勝てねえ)
イヴはあくまでスプリガンの力の化身。強敵程度なら自分でも勝てる自身はある。イヴは自分が、自分の力が特別だと自覚している。ゆえに最上位闇人程度ならば、絶対と言っていいレベルで負けない。だがあの吸血鬼は、シェルディアは別だ。あれには自分は勝てない。少なくとも、イヴ自身はその考えから逃れる事が出来ない。もし、シェルディアに打ち勝つという大奇跡を起こせるとしたら、それはどこまでもどんな状況でも絶対に諦めない人物、帰城影人くらいしかいない。影人はまだ戦いを諦めていないからこそ、イヴに自分の体を託したのだ。
(マジでさっさと戻って来いよ影人・・・・・・! ここはあいつの『世界』だ。絶対にそう長くは逃げられない。俺が稼ぐ事の出来る時間は、きっとそれ程じゃ――)
イヴがそんな事を考えている時だった。イヴは視線の先に一筋の光が、空から真っ直ぐに地面に落ちたのを見た。いや、一筋だけではない。その一筋の光を皮切りにしたかのように、光は幾条も無作為に地面へと落ちて来る。
(ッ!? ま、まさか・・・・・・・)
イヴはその場で立ち止まり空を見上げた。夜空に輝くはどれくらいの数か分からない程の量の星。その星々が輝いては光になって地上へと落ちて来る。それは破滅の光の流星群だった。
(あの化け物ッ! 空の星を全て落として俺を殺す気かよ・・・・! クソみてえな範囲攻撃、全く無茶苦茶だ!)
シェルディアの狙いを理解したイヴは、どっと冷や汗をかいた。シェルディアは姿を消し、どこにいるとも知れないスプリガンを、星を使って無理やり炙り出す気だ。この無限とも思える星を全て使って。それは、絶対無慈悲な星の雨。規格外の怪物のみが降らせる事の出来る雨だ。
「ちっ、俺はまだ死ねねえんだ。あいつが戻って来るまでは・・・・・・・・!」
イヴは姿を消しながら決意の言葉を述べると、星空を見上げながら再び逃走を開始した。影人が再び意識を取り戻すその時まで、この肉体を死なせないために。
『世界』が、スプリガンに牙を剥いた。




