第810話 星が降る(2)
影人の魂の叫び。その効果によってかは分からないが、影人の纏う闇はより一層その激しさを増す。負の感情を爆発させた事により、闇の力が強化・増幅されたのだ。影人の力の残量は、この負の感情の爆発により3割強までに回復していた。
そして、影人は力の1割を使用して意識を集中させていた自身の右手に『破壊』の力を纏わせた。1割の力を自身の右手にのみ集約させた超高密度の『破壊』の力を。その事によって、影人の右手に変化が訪れた。
まず、影人の右手首を基点に小さな闇色のゲートのようなものが展開された。そして、そのゲートから闇が出現し影人の右手を覆っていく。その事により、ゲートから先の影人の右手は真っ黒の闇色に染まった。
「・・・・・こいつでお前の全身をバラバラに破壊してやるよ。それが唯一、俺がお前を殺せると思ってる方法だからな」
影人は『破壊』の闇に染まった自身の右手を拳の形にして、シェルディアに向けるとそう宣言した。
「ふーん、なるほどね。超高密度の『破壊』の力・・・・・・・確かにそれ程の『破壊』の力を宿した拳を受ければ、私の全身は瞬時に細かな破片となって砕け散るでしょうね。でも、それには問題が、クリアすべき条件が1つあるわ」
影人から黒い拳を向けられたシェルディアは、右の人差し指を立てながらこう言った。
「その拳を、あなたはどうやって私に当てるつもりなのかしら? 当然だけど、私に当てなければ意味はないわよ」
それは当然と言えば当然の問題だった。わざわざ敵から必殺の一撃で当てると言われれば、当然受ける側はそれに最大限の警戒をする。それはシェルディアといえど同じだ。そんな一撃を、スプリガンはいったいどのようにして自分に喰らわせるというのか。
「まあ、そいつは見てりゃわかる。絶対にな」
影人は不敵に笑うと、自身の右足と右手を引いた。スプリガンのその体勢を見たシェルディアは、スプリガンがいったい自分にどのように攻撃を当てようとしているのか分かってしまった。
「あなたまさか・・・・・・・・正面から突っ込んでくるつもりなの? 最短距離で、自身の全開のスピードで・・・・・だとしたら、愚かという他ないわ。それはただの自殺行為よ。それくらい、あなたにも分かっているはずでしょう?」
影人の策――いや、策とも呼べない愚直な考えを看破したシェルディアは、意味が分からないといった感じの顔を浮かべた。今シェルディアが述べたように、影人のその考えは勝負を焦ったゆえの自殺行為と言う他ない。
「・・・・・当たり前だ。そんなもん、俺が理解してないはずないだろ。お前が暗に言ってるように、俺は勝負を焦ってるのさ。お前が勝負を焦って勝てる相手じゃないってのは最初から分かってる。お前レベルの敵は、詳細に観察して、綿密に入念に策を練って、限界を超えた力を合わせてやっと一筋の細い勝機が見える相手だ。・・・・・・・・多分、この攻めは通らない。そして、俺は負けるだろうぜ。腹立たしい事にな」
シェルディアの指摘の全てを認めた上で、影人はそう呟いた。その呟きは実質的な敗北宣言だ。影人のその呟きはどこまでも客観的な事実だった。
「そこまで分かっていてどうして・・・・・・・・・」
「決まってる。勝機が少しは、1ミリ以下ならあるからだ。俺が今からやるのは無謀を通り越した愚かに過ぎる賭け。負ける確率は99.9パーセント。勝つ状況は0.01パーセントあるかないか。だが、あるにはある。奇跡を通り越した、大奇跡。俺はそいつに全てを賭ける」
未だに理解不能といった顔のシェルディアに、影人は笑う。その笑みは、全てを諦めた者の笑みではない。逆に、まだ諦めていない者の笑みであった。




