第808話 絶対的強者(4)
「別にそこまで余裕ではないのだけれどね。『世界』の顕現は私を以てしても多量の力を割き続ける。その上で、私はあなた程の力を持つ者の相手をしなければならない。だから、私が余裕という事は間違いと言えば間違いよ。でもまあ、それでもあなたは私には勝てないでしょうけれどね」
「ッ・・・・・・」
影人の苛立ちの言葉に対し、シェルディアは淡く微笑みながら言葉を放つ。その言葉に、影人はギリッと奥歯を噛み締める事しか出来なかった。それはシェルディアの言っている事が嘘ではなく、客観的な事実に基づいている言葉であると理解したからだ。傲慢でも何でもなく、シェルディアはただ事実としてそう言ったという事を。
「そこでまた提案なのだけど、今からでも戦いをやめて話し合いをしない? あなたの戦いは十分に楽しめた。久しぶりに強者と戦えて、私は満足したわ。そもそも、私はあなたと話がしたいだけ。どうかしら? 話し合いに応じてくれるなら、私は絶対にあなたにもうこれ以上危害を加えないし、あなたを殺さないと誓うわ」
このタイミングが最後と考えたのだろうか。シェルディアは影人に対して、1番初めに影人が拒否した事を再び問いかけてきた。
「・・・・・はっ、俺じゃお前に勝てないだろうからもう1度チャンスをやるってか?」
「まあ、あなたからすればそう聞こえなくもないかもしれないわね」
影人が変わらずにシェルディアを睨みつけながらそう言葉を漏らすと、シェルディアはフッと軽く笑みを浮かべた。その笑みは間違いなく影人よりも自分の方が強者であるという事実から出る笑みであった。
(舐めやがって・・・・・と心の底から苛立つが、正直こいつの提案は、普通は今の俺からすれば魅力的だ。何せ、こいつに勝つビジョンが俺にはまだ見えないんだからな)
影人が唯一シェルディアを殺せるかもしれないと思っている方法は、『破壊』の力を使ってシェルディアの全身を粉々に砕くか、シェルディアの身体上に弱点を見つけ、ゼルザディルムとロドルレイニのようにそこに一点して『破壊』の力を注ぎ込むか、という実質1つの方法しかない。それ以外に、不死であるシェルディアを殺せると思える方法は、未だ考えつかない。
そして、それ以上に問題なのはシェルディアにその膨大な『破壊』の力を叩き込む隙がないという事。よしんば弱点を見つけても、影人がそこに『破壊』の力を注ぎ込める確率はかなり低い。ゼルザディルムとロドルレイニを斃した方法は、シェルディアには通じないだろう。なぜなら、シェルディアはあの2竜よりも影人の力を見ているからだ。透明化や足音を消せる事など。
シェルディアの全てを含めた力は、力の自由度というものを除けば影人よりも全てが上だろう。それは客観的事実として認めなければならない。しかも、まだシェルディアは余力を残して、つまり真に本気を出していない。シェルディアの態度からはその事がよくわかる。
以上のような事に加え、力の残量の事などもあり、影人はシェルディアに対して未だに勝利のビジョンが描けない。そんな影人の状況に対して、シェルディアのこの再びの問いかけだ。影人の立場からすれば、やはり魅力的と言う他ない。
『――影人、ここはシェルディアの言葉を受け入れるべきです』
影人の内側に声が響いた。イヴではない。ソレイユだ。影人が最初にソレイユの言葉を拒絶してから、ソレイユが影人に語りかけて来たのはこれが初めてだ。
(・・・・・・・・アホか。こいつは俺の事を知りたがってんだぞ。話し合いに応じれば、こいつは俺についての全てを知ろうとするだろう。シェルディアはレイゼロールサイドの奴なんだろ。なら、その時点で俺の怪人というベールは剥がされる。それは、あの事が実行できないって事を意味してるんだぞ)
そんなソレイユの言葉に影人は内心でそう言葉を返した。もしここでシェルディアの提案を受け入れれば、それはスプリガンという謎の怪人が瓦解する事に繋がる。シェルディアに嘘の話が通じるとは、影人にはあまり思えない。
『・・・・・・はい。それは分かっています。しかし、ここであなたが死ぬよりかはまだマシです。あなたの力といえども、シェルディアには勝てる未来はない。残念ながら、それが現実です。だから影人、ここは・・・・・・・・・・』
ソレイユがやむを得ないといった感じでそう言って来る。ソレイユにしても、その決断は断腸の思いだろう。ソレイユのレイゼロールへの思いと、先の思惑を既に知っている影人には、その事が分かる。
(・・・・・・・そうだな。賢い奴ならここらが落とし所と理解して、こいつの言葉を受け入れるだろう。・・・・・・・・・・だがな、ソレイユ。俺は賢くはない。俺はどうしようも無い程にバカで、どこまでも愚者で、諦めが悪い、そういう奴なんだよ)
『ッ、影人・・・・・!?』
影人の内なる言葉を聞いたソレイユの声が震える。その言葉が何を意味するか、影人がシェルディアに対してどう答えを返すか、ソレイユには分かったからだ。
『けっ・・・・・・・本当、てめえは救えねえくらいの大バカ野郎だぜ』
影人の言葉を、影人の内から聞いていたイヴも呆れ切ったようにそう言葉を呟いた。しかし、そのイヴの声音はどこか笑っているようにも影人には感じられた。
(ああ、俺はそういう所はバカなのさ。諦めの悪すぎる愚者、賢者よりも俺はそっちの方が性に合ってるし充分だ)
影人はイヴに対してそう言うと、決意を固め――本当は最初から固まっているが改めて――シェルディアに対してこう返答した。
「・・・・・・・・・お前の提案だが、もう1度言ってやる。答えはノーだ。俺はお前と話さない。なぜなら・・・・・・・・俺が必ずお前を殺すからだ」
謎の怪人は、不敵に笑った。




