第802話 再びの戦い(2)
「――あら、戻ってきたのね」
真紅の満月を背景に背負い、優雅にアンティーク調の椅子に腰掛けていたシェルディアは、自分のいる場所まで戻って来た黒衣の怪人の姿に気づくと、そんな言葉を放った。
「・・・・・・ああ。お前の手下、ゼルザディルムとロドルレイニの奴らはちゃんと斃してやったぜ」
シェルディアから20メートルほど離れた場所で立ち止まった影人は、シェルディアを睨みつけながらボソリとそう返事をした。
「ええ。それは分かっているわ。ゼルザディルムとロドルレイニが2度目の死を迎えた時点で、主たる私には感知できるから。あなたは、同時にあの2竜を斃したのね」
シェルディアがフッと笑みを浮かべる。確かに、影人は同時にゼルザディルムとロドルレイニの心臓をこの手で穿った。あの時シェルディアはあの場にいなかったので、2竜が斃された事を感知できるというのはどうやら本当の事らしい。
「そして、あなたに称賛を。おめでとうスプリガン。私以外に古の黒竜の王と古の白竜の王を斃した者はいないわ。あなたは真に力があり、真に知恵があり、真に勇気があり、真に不屈であり、真の強者たる者。私はあなたに敬意を表するわ」
シェルディアがパチパチと手を叩きながら、心からの言葉を口にした。ゼルザディルムとロドルレイニを同時に相手をし、2竜を斃した。もしかすれば、スプリガンには分からないかもしれないが、それは偉業なのだ。しかも、ただの偉業ではない。それは限りなく不可能を超えた先にある、真の偉業だ。
「・・・・・・・・うるせえよ。お前からの称賛も敬意も、俺はいらねえんだ。俺が望むのはただ1つ。お前の死だ。御託はいい、さっさと俺に殺されろ」
シェルディアからの称賛の言葉を受けた影人は、不快そうにその顔を歪めた。人の形をした化け物からの称賛など虫唾が走る。
「ふふっ、あなた本当に私が嫌いなのね。あなたの目から嫌悪と怒りが感じられるわ。でも、やはり私はあなたに会った事がない。不思議なものね。・・・・・いや、もしかしたら着眼点が違うのかしら。あなたが出会ったのは、私とは違うけれど、私と同義の存在。・・・・・・・・・なるほど。スプリガン、あなたは過去に、私と同じような存在に出会ったのね。そして、あなたはその存在に尋常ではない負の感情を抱いている。あなたは、私を通してその存在を見ている。それが、あなたが私に向ける感情の正体ね」
「ッ・・・・・!」
シェルディアはまるで全てを見透かしているかのように、そんな考察の言葉を述べた。その言葉を聞いた影人は反射的にその目を驚きから見開く。シェルディアの勘が鋭いという事は影人も知っていた。シェルディアと影人は隣人でよく会話をする仲でもあるからだ。しかし、ここまで核心をつくような事を言われるとは思ってもいなかった。
そして、影人のその驚きは、シェルディアの考察が当たっているという事を実質的に示していた。




