第801話 再びの戦い(1)
「ッ、くそ・・・・・・・・」
ゼルザディルムとロドルレイニを斃し、シェルディアのいる位置まで戻ろうと歩き始めた影人は、突然ふらつくと、こめかみの辺りを右手で押さえた。まだ乾いていなかった血がべったりと手には付着していたので、影人の髪に血がつく。しかし、そんな事はどうでもよかった。
影人が頭を押さえたのは、頭痛が酷くなっているからだ。眼を闇で強化した弊害だ。ここまで眼の強化を持続させたのは何せ初めてだった。
『おい、影人。少し休めよ。今なら多少は休憩できる。眼の強化も一旦解除してよ。・・・・・じゃなきゃ、お前もう持たないぜ』
影人が頭痛に顔を顰めていると、イヴがそんな事を言ってきた。
『今の竜どもとの戦いで、お前は体力と精神力がかなり削られた。まあ、それを言うなら俺の力のリソースも削られたがな。たが、それは今はいい。問題はお前の体力と精神力の方だ。あの大量の血の武器を全部捌き切って、竜と戦って、お前正直ほとんど限界だろ?』
イヴはそう言葉を続けた。そのイヴの言葉に、影人は小さく笑ってこう言葉を返した。
「はっ、心配してくれてんのか?」
『違げえよバカ。お前に死なれちゃ俺が困るってだけだ。そうでなけりゃ、誰がお前に向かってこんな言葉いうかよ』
1秒もしない内にイヴは否定の言葉を述べて来た。その案の定の反応に、影人はどこか微笑ましい気持ちになる。
「そうかい。・・・・・・・確かに、体力も精神力もお前が言うみたいにほとんど限界だ。そこは否定しねえよ。自分の状態くらいは、まだ冷静に分析できる」
影人はイヴの指摘を肯定した。当たり前だ。この『世界』での戦いが始まってから、自分は常に極限だった。それは全てにおいてだ。体力も、集中力も、反応速度も、判断も、思考も、その全てが限界を越え続けていた。
「しかも、俺はまだ戦いが残ってる。相手は今まで多分、絶対的に最強だ。そんな奴に勝つためには、今ここで多少の休息を取っといた方がいいだろう。・・・・・だが、休息は取らねえよ」
影人はしかし、指摘を認めた上でそう言葉を述べた。
「この『世界』は、この戦いは今までとは違って圧倒的に未知だ。一瞬でも油断して、はい死にましたなんて事もあるかもしれない。それで死んだら、とんだ間抜けとして俺はこの世を去らなくちゃならない。そいつはどうにも嫌でな。だから、休憩も眼の強化の解除もしない。それが俺の判断だ」
影人は頭から右手を離すと、どこまでも決意と覚悟に満ちた目でそう言葉を紡いだ。ここは、シェルディアが作った『世界』。一瞬でも油断などしない方が賢明だ。
『・・・・・・・けっ、そうかい。まあ、お前の判断も分かる。なら、そうしろよ。結局、最終的な決定権はお前にあるしな。だが、その代わり絶対に死ぬなよ。死んだら殺すからな』
「死んでるのに更に殺されんのかよ・・・・・・・大丈夫、死ぬ気はねえよ」
影人は苦笑しながらもそう答え、再び歩を進め始めた。シェルディアがいた場所とはかなり離れてしまったが、それも問題ない。シェルディアのいる位置を感知すればいいだけだ。あれ程の力を持つ怪物ならば、感知は容易だろう。
影人は一瞬だけ目を閉じて自分以外の力の位置を把握すると、その場所に向かった。




