第800話 竜殺しの妖精(5)
「お前たちが俺だと思っていたのは、あの人形だ。お前たちがあの人形を俺だと思うように、色々と力と知恵は使ったがな」
影人は呆然としているゼルザディルムとロドルレイニに向かってそう答えを告げた。そう。今のこの状況を作り出す事が、影人のプランだった。
しかし、いったい何が起こったのか。影人のプランとはいったい何だったのか。その説明をしなければならないだろう。影人のプラン、その全貌はこうだ。
まず影人が地面に煙玉を投げつけ、煙幕を使ったところから影人のプランは始まった。影人はすぐさま自分と等身大の闇色の人形を創造し、その人形に自分が持っていた『破壊』の力が付与されていた剣を2本両手に持たせた。
そして、幻影の力を使い闇色の人形にスプリガンの姿を被せた。この時点で、ゼルザディルムとロドルレイニは影人が幻影の力を使うとは知らない。ゆえに、スプリガンの幻影を纏った人形が、影人だとは気が付かない。幻影は闇色の人形と全くズレがなく、それが幻影だと初見で気づくのは、ほとんど不可能だ。
これでそっくりのスプリガン人形は偽造された。しかし、これだけではまだ足りない。影人は胸部か頭を貫かれると予想し、血糊を創造し、そこに多量の血糊を仕込んだ。でなければ、ゼルザディルムとロドルレイニの攻撃を受けた時に偽物だとすぐに分かるからだ。
問題はまだある。それは声の問題だった。人形は声を発せない。しかし、実際に影人を模した偽物は音声を発していた。もちろん影人の声だ。では、それはどういう事だったのか。
そこで、影人が遮音フィールドを張って小型の機械のようなものに、何か言葉を吹き込んでいたのを思い出してもらいたい。実はあれは録音機で、影人は予め声を吹き込んでいたのだ。それを人形の中に入れた(唇に関しては、幻影でどうとでも出来る。更に、その時は重傷だという事も分かっていたので、多少唇と声が合わなかったとしても大丈夫)。ゼルザディルムとロドルレイニとの会話、またその時の状況は容易に予想できていたので、矛盾しないように音声を入れるのは簡単だった。
影人の偽物は奇襲する時にわざわざ声を発していた。あれは、万が一にも人形が偽物だとバレないようにするためだ。そして、影人が音声を使って仕掛けた事はもう1つある。それは、ゼルザディルムとロドルレイニの弱点を喋らせて、その弱点を確定させるという事だった。
イヴはゼルザディルムとロドルレイニの弱点が鳩尾の辺りだと分かっていた。それは、2体の闇の騎士が爆発した時に、反射的に2竜が腹部を防御していたからだ。それを見ていたイヴは、そこが弱点だと予想した。しかし、確証はなかった。ゆえに、影人は人形にあえて胸部を攻撃させ、答えを喋らせた。あの2竜は誇り高いので、今際の際なら(偽物だが)答えてくれると踏んでいた。
後は簡単だ。精巧に作られた人形を透明化で消し、影人自身も透明化。影人自身は足音を消し2竜に接近。後はロドルレイニが煙幕を吹き飛ばし、後ろを振り返った瞬間に人形に攻撃させ、録音機を再生した。透明化は攻撃の時には自動で解けるし、録音機は影人が作ったものなので、遠隔再生可能だ。
ちなみに、『破壊』の力を持った人形が透明化出来る事。それは『破壊』の力の「概念の力は、『破壊』の力と両立できない」という事に関して疑問があるかもしれないが、そこに矛盾はない。この場合、透明化を受けるのは人形自身で、『破壊』の力は既に剣に付与されていた。つまり、力の付与されている物質が違うのだ。ゆえに、矛盾は起こらない。剣も透明になっていたのは、その矛盾が起こらないという事に起因している。このような場合のみ、『破壊』の力と他の概念は両立させる事が出来るという、一種の裏技のようなものだ。まあ、これはイヴの知識でありその受け売りだが。
「あんたらが俺の偽物を視認して、胸部を狙っていると分かった段階で、あんたらがその攻撃をワザと受けるのは分かっていた。そうすりゃ、あんたらは必ず俺を殺せるからな」
影人は背後からゼルザディルムとロドルレイニにそう言った。淡々と説明するかのように。
「俺は透明に消えて、俺の偽物とあんたらのやり取りを一部始終見てた。で、弱点の確証が得られたからあんたらの背後に回って、完全にあんたらの気が緩んだ所を狙って、こうやったってわけだ。背骨だとかそういうのも、俺には関係ないからな」
それが影人のプランの全貌だった。そして、影人のプランを掻い摘んで聞かされたゼルザディルムとロドルレイニは驚愕したようにその目を見開き、やがてフッと諦めの笑みを浮かべた。
「大した・・・・大した、者よ。納得した・・・・・お主に我らが負けたのをな・・・・・・・」
「全て・・・・あなたの手の平の上・・・・・だったわけですか・・・・・・・やはり、あなたは・・・・・・・称賛に、値する人物です・・・・・」
2竜の体が影人によって手で貫かれている箇所を起点としてヒビ割れていく。そのヒビは全身へと広がっていき、やがて徐々に2竜の体は崩れていった。
「・・・・別に、俺はあんたらに称賛されるような奴じゃない。あんたらからすりゃ、卑怯にも背中から止めを刺したわけだしな。まあ、こうでもしなきゃあんたらには勝てなかったがな・・・・・」
影人は2竜のその言葉を否定した。誇り高い竜たちに自分がそう評せられたのは、違うと影人は正直に思ったのだ。
「ふっ、何を言う・・・・・お前は我らの言葉通り・・・・全てを使って・・・・・・本当に全てを使って、勝ったのだ・・・・卑怯などでは、決してない・・・・・」
「ええ・・・・・あなたと戦えたのは・・・・むしろ、私たちの・・・・・・・誇りです・・・・」
だが、ゼルザディルムとロドルレイニは逆に影人の否定を否定した。2竜の体が更にヒビ割れ崩れていく。もうあと数秒て、2竜の体は完全に崩壊するだろう。影人の勝利はもう本当に確実だ。
「心躍った戦いだった・・・・お主に」
「満足です、例え2度目の死でも・・・・・あなたに」
そして、2竜は最後に影人にこう言った。
「「感謝を――」」
その言葉を最後にゼルザディルムとロドルレイニの体は完全に崩壊し、砂のようになって地へと還った。
「・・・・・感謝か。・・・・・・・・・仕方ないから受け取っとくぜ。それを否定するほど・・・・・俺は堕ちちゃいないからな」
影人は2竜の血に塗れた両手を見て、グッと両手を握りしめた。
「・・・・・・・・・あばよ。誇り高い竜たち。ゼルザディルムとロドルレイニ」
影人は地に還った2竜にポツリとそう呟くと、踵を返し歩き始めた。そう影人の戦いはまだ終わってはいないのだ。
「・・・・・・・・待ってやがれ、シェルディア。今度はお前の番だ」
影人は幽鬼のような表情で、凍りつくような声でそう言葉を漏らした。




