第797話 竜殺しの妖精(2)
(どうでもいい。好きなだけやりやがれよ)
これで影人は氷のドームと炎のリング、二重に逃げ場をなくされたわけだが、影人にとってそんな事はもはや意味をなすものではなかった。
2竜と影人の距離が更に近づいていく。残りの距離は、40メートル、30メートル、20メートル。そして遂にゼルザディルムとロドルレイニ、影人の距離が10メートルを切った。その瞬間、影人は仕掛けた。
(ここだ・・・・・!)
影人は右手の剣を一旦離し、右手にある物を創造すると、それを地面へ向かって叩きつけた。すると、突如として凄まじい量の煙がそこから広がった。
「ッ!? 煙幕か・・・・・!」
「小癪な事を・・・・・!」
そう、影人が地面に叩きつけたのは煙玉だった。しかも、影人が煙幕の濃度を濃いめに設定していた事もあり、周囲は一瞬でホワイトアウトするレベルだった。
「しかし、この程度の目眩しで私たちに隙を作れると思うな・・・・!」
ロドルレイニは周囲を警戒しながら両手を振るった。すると、凍てつく風が吹いた。その風を受け、煙は徐々に晴れていく。しかし、正面にスプリガンの姿は見えない。
「「ッ・・・・・・・・!」」
その事を半ば予想していたゼルザディルムとロドルレイニはすぐさま後方を振り返った。スプリガンは煙幕を使って、自分たちの後方に回り込んだのではないかと考えたからだ。こういう場合、背後を取るのが定石である。
しかし、自分たちの後方にもスプリガンの姿は確認できなかった。
そして、ゼルザディルムとロドルレイニが自分に背中を晒したその隙を、影人は見逃さなかった。
「てめえらの弱点は・・・・・!」
「「ッ!?」」
なぜか自分たちの背中側から聞こえて来たスプリガンの声。その事実に、意味がわからないまま驚愕したゼルザディルムとロドルレイニが再び振り返る。いや、この場合正面に向き直ったという方が正しいか。
すると、そこには先ほどは確かにいなかったはずの影人の姿があった。しかもかなりの至近距離だ。影人は両手の闇色の剣を、ゼルザディルムとロドルレイニのある箇所目掛けて突き刺そうとしていた。
2竜にはなぜ影人が正面にいたままだったのにその姿が見えなかったのか分からないだろう。それは影人が2竜に対してまだ見せていなかった力、透明化が関係している。いや、関係しているというよりはそれ自体が答えだ。影人は煙玉を地面に打ちつけ、透明化を使いゼルザディルムとロドルレイニに正面から接近していた。
繰り返しになるが、ゼルザディルムとロドルレイニは影人の透明化をまだ1度も見ていなかった。ゆえに、影人が消えたまま正面にいたとは考えもつかない。先に影人が透明化を2竜に見せていれば、2竜はその事を踏まえて警戒していただろう。
つまり、これは1度切りの完全な奇襲だ。影人が2竜を殺し切るための初見殺しの奇襲だった。
「やはり胸部! その位置にある心臓だ!」
そして影人はそう叫びながら、隙を晒しているゼルザディルムとロドルレイニの胸部中央部、人間の心臓のある箇所と同じ所を両手の剣で突き刺した。
「がっ・・・・・・!?」
「ぐっ・・・・・・!?」
『破壊』の力を宿した剣が無慈悲に胸部に突き刺さり、2竜が驚きと苦悶が混じったような声を漏らす。多量の血が、2竜の胸部から流れ出す。
「この戦い、俺の勝ちだ・・・・・!」
その光景を金の瞳でしっかりと確認した影人は、そう勝利宣言をした。




