第789話 竜の弱点を探せ1(2)
『おい影人。さっさともっと距離を取れよ』
(分かってるよ)
イヴの注意の言葉に影人は内心で即座にそう返事をした。その注意は、ゼルザディルムとロドルレイニがナイフを全て撃退し、再び影人の方へと向かってきているためだった。2竜は猛烈なスピードで影人との距離を更に詰めて来る。
「さて、場所は・・・・・あそこでいいな」
だが、影人に焦っているような姿勢は見られなかった。ゼルザディルムとロドルレイニが影人の元に来るまで、最低でもあと3秒ほどは時間がある。そして、それだけ時間があればアレが使えるからだ。
影人は自分の左斜め前方を見つめる。そこにあるのは、およそ無限に広がっていると思われる地平線。いや、正確に言えば無限に広がっていると思われる地平線は左斜め前方だけではない。影人を基点とした全方位に、果てしない地面が広がり続けている。この『世界』の地上には草木1本もないので、果てしない地続きがよく見えるのだ。
(この無限に広がるように感じられる『世界』に終わりがあるのかどうかは分からないが・・・・・・・・今はそれが好都合だぜ)
地には荒涼たる地面。天には星舞い、真紅の満月戴く赤暗い夜空。地も天もおよそ無限に広がっているのではないかと思えるようなこの『世界』。影人はシェルディアによって構築されたこの『世界』の、無限のような距離感に自身の利点を見出した。
「もう逃がさんぞ!」
「知りなさい、竜の牙からは逃げられないと!」
3秒後、ゼルザディルムとロドルレイニが影人まであと10メートルほどといった距離にまでやって来た。ゼルザディルムはそこまで近づくと、自身の両手に燃え盛る炎を宿した。ロドルレイニも、自身の両手に凍気を宿す。どうやら、今度はあの両手で自分に攻撃しようという事らしい。
「ふん。別に逃げたつもりはないぜ。さっきのは予期せぬ出来事だったしな。俺が逃げるのは・・・・・・今からだ」
ゼルザディルムとロドルレイニが影人に向かって燃える拳と凍てつく拳を放って来る。しかし、影人はニヤリとした笑みを浮かべると、1番最初の竜形態のブレス攻撃を捌いた時と同様、2竜からは見えにくい背後に転移用の闇の渦のようなものを出現させると、2竜の拳が自身の体を捉える前にその渦に身を投げた。影人の姿は渦の中へと消えた。
「「ッ!?」」
影人が渦の中に消えた瞬間、渦は虚空へと収束し、影人を攻撃しようとしていたゼルザディルムとロドルレイニの拳は宙を空振った。
「これは・・・・・・」
「姿を消したな。どこかに逃れたか・・・・・・?」
ロドルレイニとゼルザディルムは訝しげな表情を浮かべた。いま2竜に分かっている事は、影人が自分たちの攻撃を回避しどこかに消えたという事だけだ。
消えたスプリガン。いったい、影人はどこへ消えたのか。しかし、その答えはゼルザディルムの斜め背後から飛来した物によってわかる事になる。
「む・・・・・・!?」
何かが凄まじい速度で空気を裂く音。ゼルザディルムがその音のする方向に振り返る。すると次の瞬間、
闇色の弾丸が、振り返ったゼルザディルムの額を貫いた。闇色の弾丸は、そのままゼルザディルムの頭を貫通した。頭部に赤い花が咲く。




