第787話 人竜との死闘(4)
(だが、それでもやるしかねえんだ。いつだって、どんな時だって結局はやるしかねえ。諦めるもんかよ、逃げるもんかよ。絶対に、俺はあの化け物を殺す。あいつらは、化け物どもは気まぐれだ。気まぐれで大切なものを壊していきやがる。もう2度と、化け物どもの気まぐれで俺の大切なものを壊させはしねえ・・・・・!)
炎の雨が降りしきり、氷の雷が地を打ち、星舞い真紅の満月が浮かべ荒唐無稽たる『世界』の中で、決意を、怒りを、殺意を、再び漆黒の鋼を超えたる意志を抱いた影人。負の感情、必ず殺すという殺意が、影人に力を与えていく。図らずも、これで影人の力の強さは上がり、力の残量も多少は戻っていった。
ただ、影人はまだ気づいていなかった。シェルディアを人外の化け物と確認するたびに、殺意を燃やすたびに無意識にあの禁域の記憶の鎖が緩んでいくのを。まあそれも無理はない。なぜなら、影人の禁域の記憶の中にいるアレと、シェルディアは本質的に同義だからだ。
すなわち、純粋なる人外であり化け物であるという本質。その同義たる本質が、無意識に影人の記憶の鎖を再び緩ませる。その緩みが、後々色々と影人にある影響を与えるのであるが、その事を今の影人は知らないし、そんな事は考えてすらいなかった。
「・・・・・あの竜どもを殺しきるプランだけはもう決まってんだ。後はそれを実践する状況を作り上げるだけ。それをどうにか死ぬ気でやる。その考えは戦いながら考えてやるさ」
ゼルザディルムとロドルレイニから距離が離れたという事もあり、影人は闇色の兜の内側で肉声でそう呟いた。そう。ゼルザディルムとロドルレイニを殺しきる手段だけはもう決まっている。ゼルザディルムとロドルレイニを一撃で殺し切れる程の『破壊』の力を宿した攻撃を叩き込む、それだけだ。
(今までは、人間形態のあいつらの猛攻を受けて反撃する暇もこっちから攻撃する暇もなかったが、こんだけ距離が離れてれば別だ。一旦仕切り直せる。次あいつらが俺の目の前に現れれば、こっちからもまた攻撃してやるぜ)
風の爆発は凄まじい風圧だったので、影人の目を以てしても、ゼルザディルムとロドルレイニの姿は確認できない。おそらく、影人と同じようにあの2竜も影人と反対方向に吹き飛んだのだろう。だが、あの2竜は後ほんの少しでもすれば、再び影人の方に距離を詰めて来るだろう。何せ距離はかなり開けたといえども、影人と2竜の位置は直線上になっているはずだからだ。
『おい、影人。話せる時間が多少は出来たから話しかけるぜ。1つ疑問というか、提言がある』
影人がそんな事を考えていると、内側から声が響いてきた。イヴだ。イヴはどこか真剣な口調で影人にそう語りかけてきた。
(っ、何だイヴ?)
イヴの提言があるという言葉が気になった影人は思わずそう聞き返した。
『お前のプラン自体は俺もいいとは思うぜ。あいつらを殺し切れる一撃にそれ相応の「破壊」の力を付与する。確かに、あのゼルザディルムとロドルレイニとかいうあのドラゴンどもを殺しきるにはそれしかねえと俺も思うぜ。あの超再生を突破して殺そうとするならな。だが、それをするには問題も多い。それはお前も分かってんだろ』
(・・・・・まあ、それはな)
イヴが言う問題はもちろん影人も自覚するところだった。それはその一撃を繰り出す隙の大きさだったり、力の消費具合だったり、実際にその一撃を決めるタイミングといったものだ。2竜が人間形態になった事で、一撃の規模と力の消費具合は竜形態の時よりは確かにマシになった。しかし、人間形態になりゼルザディルムとロドルレイニのスピードが劇的に上昇した事により、一撃を繰り出す隙の大きさと一撃を決めるタイミングはより難しくなった。イヴが言っているのは多分そのような事だろう。
『実際問題、方法はそれしかないとしてもそれを決め切れる確率はかなり低い。なんなら、ほぼ0パーセントだ。そこで提言に繋がるわけだが・・・・・・・・なあ、影人。あいつらドラゴンにも、弱点があるとは思わねえか?』
(ドラゴンの弱点・・・・・・・?)
イヴのその話を聞いていた影人は、兜の下の顔を疑問の色に染めた。
『ああ、あいつはあのシェルディアとかいうのとほとんど同レベルの化け物で、イカれた超生物だ。だがな、完璧な生物なんざこの世に存在しねえ。必ず1個くらいは弱点があるはずだ。人間で言えば、脳幹や重要な臓器――例えば心臓だったりな』
そして、イヴは影人にこう提言した。
『そこで提案するぜ影人。人間形態のあのドラゴンたちの肉体から弱点を探し出せ。弱点を見つけられれば、その弱点に一点集中した「破壊」の力を流し込める。そうすりゃ、問題点は多少はマシになるし、あいつらを殺せる。・・・・・まあ、弱点がなかったら正直詰みだが・・・・・・・どうするよ?』
「・・・・・・なるほどな」
イヴの提言の内容、ゼルザディルムとロドルレイニの弱点を探し出す。その事を聞いた影人は、納得したようにそう言葉を漏らした。
「はっ・・・・・・ありがとな、イヴ。お前の提言、確かに聞き届けたぜ。で、お前の提案だが・・・・・・・・俺は乗るぜ。まずはあいつらの弱点を炙り出す。あいつらに勝つためには、たぶんそれが1番いい方法だ」
『くくっ、てめえならそう言うと思ってたぜ影人。お前は普通にイカれてるからな』
イヴの案を了承した影人。そんな影人に、イヴは笑いながらそう言葉を返してきた。イヴにイカれているといわれた影人は、少しムッとしたようにこう言葉を返した。
「別に普通だろ。この賭け通さなきゃ、どっちみちヤバいんだ。なら、通す方に賭けるのが普通だ」
『それがイカれてるって言ってんだよ。――そうら、来たぜ影人。人間に擬態してやがるトカゲ野朗どもが2体、爆速でよ。炎の雨も氷の雷も丁度タイミングよく止みやがったぜ』
イヴが言ったように、影人の遥か先の視界にこちらに向かって凄まじい速度で駆けてくる、ゼルザディルムとロドルレイニの姿が映った。そして、炎の雨と氷の雷もようやく止んだ。その事を確認した影人は、『黒騎士、闇の衣』(どこまでもクソダサい)を解除した。
『さあ、こっから奇跡の逆転劇といこうじゃねえか。安心しろよ、観察の方は俺がやってやる。だからてめえは、死なないように注意しながらあいつらを攻撃しまくりやがれ』
「ったく、どこまでも頼りなる奴だよお前は。ああ、んじゃ・・・・・行くぜッ!」
影人は自然と強気な笑みを浮かべながら、周囲の空間に闇色のナイフを創造した。その数はおよそ200本だ。影人はこれから竜の弱点を探さねばならない。そして、その観測はイヴが行うのだ。
竜と人間の戦い。その第2幕が上がった。




