第78話 伝達(1)
「――ということになりました。なんとか最悪の事態の1つは回避できた、ということですね」
「なるほどな・・・・・・・」
神界でペットボトルタイプの緑茶を飲みながら、ソレイユの話を聞いていた影人は、一言そう呟くと軽くゲップをした。
「・・・・・・・・・・あの、話を聞いていましたか?」
顔をしかめながら、ソレイユは先ほどのラルバとの話し合いの中心であった少年にそう呼びかけた。
「聞いてたって。だから、なるほどって言ったんだよ。お前、アホなのか?」
はあ、とその長すぎる前髪の下から哀れみの目を向けながら、影人はキュッとペットボトルのフタを閉めた。
「誰がアホですか! 先ほどラルバと目には見えない頭脳戦を繰り広げていた私がアホなわけないじゃないですか! 後、なんですかその態度!? 私を舐めてるんですか!? ゲップって、神の前でゲップって! 不敬です! 頭を垂れなさーーーーーーーーーいっ!!」
ソレイユはキレた。必ずこのふざけた前髪野郎の態度をなんとかさせねばならないと。神という基本的に敬われる存在であるために、ソレイユは悪口や煽りというものに耐性がないのである。
「まあまあ頭をヒヤシンスー、だぜ」
「余計にイライラしますよねそれ!?」
影人の謎の言葉にソレイユは怒りのノリツッコミである。このままでは埒が明かないと感じたソレイユは、非常に癪ではあるが怒りを収めて話を続けた。
「コホンッ! とにかく、そういうことです。あなたの存在は光導姫と守護者のランキング上位10位に通達されることになりました。まあ、光導姫に限って言えば、ランキングの内、4位と10位は日本の光導姫なので、結果的には新たに8人にあなたの存在が知られるわけですね」
日本の光導姫と守護者は、もう既にスプリガンに関する噂が広がっているので除外される。
しかし、新たに8人に自分の存在が知られることの何がそんなに重要なのか、影人には分からなかった。
「そいつらに知られたらどうなるっていうんだよ? 俺にはどうでもいい情報にしか聞こえんのだが」
「ええ。あなたの言うとおり、いきなりどうこうという事はないでしょう。その8人は基本的に日本から見て外国にいますしね。日本の光導姫では手に負えない闇人が出現しない限りは、彼女たちが日本に来ることはないでしょう。ですが・・・・・・」
ソレイユはそこまで説明して、少し間を置いて影人に知られることのリスクを話し始めた。
「あなたの情報を知った彼女たちが、あなたを敵と認識するかもしれません。特に、ランキング3位の『提督』などは、彼女の性格上あなたを敵と認定する確率が高いですね」
真面目な顔で影人にこれからのリスクの例を挙げるソレイユ。その話を聞いた、影人はある単語に疑問を覚えた。
「その『提督』って何だよ? それがその3位の光導姫名なのか? 思いっきり和名だが・・・・・・」
「ああ、影人は2つ名のことは知らないのでしたね。この『提督』というのは、その3位の2つ名なのです。まあ、あなたの言うとおり光導姫名でもあるのですが」
「は・・・・・・・?」
ソレイユの言っていることが、どういうことか分からない影人は思わず口をポカンと開ける。一応、話はちゃんと聞いていたがまるで意味が分からない。
その影人の反応に、ソレイユは「確かにわかりにくいですよね」と苦笑して、詳細な説明を影人に行った。
「基本的に光導姫の名前は私がつけます。ですがこれは基本なので、自分で名前を決めたい者は自分で決めることもできるのです。これは守護者も同じですね。で、ここからが本題なのですが、ランキングが10位以上になると、2つ名が与えられます。この2つ名は私やラルバが与えます。そして、10位以上なれば光導姫名はその2つ名になるんです」
「・・・・・・なんで10位以上は2つ名が光導姫名に変わるんだ?」
「ああ、理由ですか。これは明確な強さの証なのですよ。光導姫のランキングは、浄化力、闇奴・闇人との戦いの実績、戦闘能力で決まります。そのランキングの上位10人の実力者を讃える意味でも2つ名というものは重要なのです。ちなみに、彼女たちが10位以外に落ちれば、元の光導姫名に戻ることになりますね」
「ふーん・・・・・・・」
一応、納得した影人は自分の知る守護者、香乃宮光司のことについて考えた。
光司は守護者ランキング10位だったはずだ。そして、守護者名が『騎士』。つまり光司の守護者名は2つ名だったというわけだ。
(じゃあ、あいつの元々の守護者名は何なんだろうな・・・・・・・)
少しだけ興味はあるが、そんなことを本人に聞けるわけもない。聞けば、なぜそんなことを知っているのか、と問い詰められるだけだろう。
それに光司に冷たく当たった自分が、どのようなことであれ話しかける資格はない。
「少し遅くなりますが、2つ名が和名なのかという問いは、否ですよ。意味は一緒ですが、3位の彼女の国ではその2つ名をアドミラールといったはずです」
「へえ、じゃあそいつロシア人か」
確か提督はロシア語でアドミラールだったはずだ。別に自分は語学が堪能というわけではないが、言葉が格好いいので知っていた影人である。
「あら、意外と博識なんですね。そうです、彼女はロシア人ですよ。・・・・・・・国籍は関係ありませんが、彼女は厳格でしてね。闇の力を扱う者は――」
「敵と認定する確率が高いか・・・・・・」
ソレイユの言わんとすることを察した影人はそう呟いた。
闇の力。それは闇奴や闇人といったレイゼロールサイドが扱う力だ。そして、スプリガンに変身した自分が使う力。
今までは、その闇の力を使う自分が光導姫を助けるという行動を取っていたため、謎の怪人で済んでいたが、昨日のレイゼロール戦での無差別攻撃でその評価は崩れただろう。
「・・・・・・・・守護者の神が昨日の戦いを見てたのが痛かったな。俺の意志じゃないとはいえ、あいつらに攻撃した事実は変わらない。お前もそのことは光導姫に伝えるんだろ?」
「・・・・・・・・・・・はい。そこを誤魔化しては、私がラルバに疑われる可能性が出てきますから。その情報は私も伝えざるを得ないでしょう。――私の話が長くなりましたが、そろそろ教えてくれませんか? 昨日の戦いの最中、あなたに何が起こったのかを」
ラルバとの会談の結果を、ソレイユは影人に伝えていたが、そもそもソレイユが影人を神界に招いたのは、それが理由だ。
「・・・・・・・・ああ。つっても、俺も何が起こったのかは分からないが――」
影人も真面目なトーンで昨日の終盤の自分についてわかる範囲のことをソレイユに話した。




