第774話 2体のドラゴン(4)
氷のレーザーをその切っ先に受けた槍が凍っていく。一瞬にして槍は氷に包まれた。後は勝手に氷と共に槍も砕ける。ロドルレイニはそう確信していた。
しかし槍が氷と共に砕ける事はなく、実際に砕けたのは氷だけだった。
『何だと・・・・・・!?』
ロドルレイニが驚愕したような声を上げる。その声を上空から聞きながら口角を少し上げた。
(はっ、『破壊』の力ってやつはつくづく便利だな。一応はあの竜どもの体を壊すために付与しといたんだが・・・・・・・まさか氷まで勝手に破壊するとはな。いい誤算だぜ。てめえのデカい図体じゃ、今から回避は出来ない。くたばりやがれよ白いトカゲ野朗)
影人は予め2本の槍に『破壊』の力を付与していた。別に『破壊』の力を付与できるのは自身の肉体だけではない。自分以外の物質にも、『破壊』の力を付与できる。それは自分と戦ったフェリートから影人が盗んだ知識だ。フェリートも2回目の戦いの時に、自分が生み出したナイフに『破壊』の力を付与していた。
いや、今思い出せばフェリートも『提督』によって凍らされていた自身の体の一部を『破壊』の力で砕いていたので、影人が放った槍が氷を砕いた事は別に誤算ではなかったか。影人はふとそんな事を思った。
ちなみに物質に『破壊』の力が付与できるのに、影人が先程シェルディアの造血武器の大群を自身の身1つで破壊するのに拘ったのは、単純に時間と力のロスの問題だ。その理由としてはさっきイヴが言っていた理由が全てなのだが、あの時の残り時間では、イヴが言っていたように『破壊』の力を付与できるのは2つまでという限界があった。ゆえに影人は1番自由と融通が効く自分の両足を指定し、両手と両足だけであの血の槍の大群を破壊した。
もう1つの力のロスの問題は、例えば影人がよく使う虚空から出現する複数の鎖があるとする。その鎖全てに『破壊』の力を付与すれば、影人はかなりの力を消耗する。この尋常ではない戦いにおいて、力を消費しすぎる事は避けねばならない。確かに必要な時に力を惜しみなく使う事も大事だが、基本の前提はそれだ。そのような事も考え、影人は自分の肉体だけであの血の槍の大群を破壊する事を決めたのだった。まあ、これに関しては時間の問題が先に来るので、ほとんど後付けのような理由でもあるのだが。
『こりゃまずいな。我らの図体では今からアレを完全に避ける事は難しい。飛ぶ時間もない。仕方ない、少し気合いを・・・・・入れるかァ!』
ゼルザディルムが四つ足に力を入れるようにして、息を大きく吸い込む。そして黒竜は、口を大きく開き大きな鳴き声を上げた。
「ギャオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!」
聞くものを本能的に萎縮させるような鳴き声。あまりにもうるさいその鳴き声に、遥か上空にいる影人もその顔を顰める。相変わらずとてつもなくうるさい。
大気が震え、世界が慟哭する。ゼルザディルムが鳴き声を上げると、まるでゼルザディルムを中心とするように見えない斥力が発生したかのように、竜たちに降り注ごうとしていた2本の槍が、突如空中で何かに阻まれた。
(ッ、何だそりゃ! 竜ってのは雄叫びで斥力場でも発生させられるのかよ・・・・・!?)
影人がゼルザディルムの予想外の防御手段に驚いていると、ゼルザディルムがロドルレイニにこう呼びかけた。
『何してる白竜の! 貴様も早くやれ! 我だけでは恐らく止めきれんぞ!』
『ッ、分かっている!』
ゼルザディルムにそう言われたロドルレイニは、腹立たしげにそう言葉を返すと、自身も雄叫びを上げた。ロドルレイニの雄叫びも見えない斥力を発生させ、それがゼルザディルムと斥力と重なる。二重となった斥力は、影人が降らした2本の槍を弾き返し、槍はそのまま地上へと落ちていった。巨大な2本の槍が落ちた衝撃で地面が震えるが、目標に刺さらなかった槍はしばらくすると溶けるように虚空に消えていった。
「チッ・・・・・・・」
攻撃が失敗に終わった影人は舌打ちをしながら、地上へと降りた。今の攻撃でドラゴンたちを倒せていればかなり御の字だったのだが、現実はそう上手くはいかないらしい。
『やれやれ、確かにこいつは強敵と見た。まさか白竜の「王の息吹」を突っ切るほど強力な攻撃をしてくるとはな。更に我らの「竜の滅波」でも弾くだけが限界とは・・・・・・・夜の主、貴様が我らを呼び出した理由を身をもって実感したぞ』
『・・・・・認めたくはありませんが、確かに彼は私たちの敵たり得る存在のようですね』
「ふふっ、あなたたちをしてそう言わしめるなんて、いよいよ彼は本物ね」
ゼルザディルムとロドルレイニの言葉を聞いたシェルディアがそんな感想を漏らした。ロドルレイニのスプリガンに対する呼び方が「矮小なる存在」から「彼」に変わっている。それは、ロドルレイニのスプリガンに対する意識が変わった事を示している。
「では、彼の実力をあなたたちが実感したみたいだからもう1度言っておくわ。存分に暴れなさいゼルザディルム、ロドルレイニ。ここは私の『世界』。あなたたちが何をしようが、この『世界』が壊れる事は決してないわ」
シェルディアが改めて黒と白の竜にそんな言葉をかけた。シェルディアの言葉を受けた2体の竜は、その身に闘志を宿らせこう返事をした。
『ああ、そうさせてもらおう。ふっ、死して囚われた身ではあるが、久しぶりに血がたぎってくる。なあ、白竜の』
『貴様と一緒にするな黒竜の・・・・・・と言いたいところだが、それは事実。今、私は喜んでいる。全力で力を出し、戦える事に。戦いこそ、竜族の誉れ。このような機会を与えてくれた事、感謝しますよシェルディア』
ゼルザディルムとロドルレイニの纏う雰囲気が変わり、2竜の影人を見つめる視線が変わる。それは影人を敵と認定する視線。自分たちが戦うに相応しい存在であると、2竜が認めたという事だ。
(クソ、侮ってもらっておいた方が俺的には楽だったんだがな・・・・・・2体の竜とのガチの戦いか。こいつはまた苦労しそうだぜ・・・・・・・)
影人はまた死闘になる事を予感する。間違いなく、この黒と白の竜は強い。だが、影人はこの2体の竜を倒さなければならない。そうしなければ、影人の殺意はシェルディアには届かない。影人は改めて、自身の意識を研ぎ澄ませた。
竜と人間。果たして勝つのはどちらか――




