第771話 2体のドラゴン(1)
「本物の竜を見るのは初めてかしら、スプリガン?」
黒と白、2体のドラゴンの中心に佇むシェルディアが驚愕している影人にそう言葉を投げかけてくる。
「この2体の竜は、過去に私と戦い、そして私が殺したモノたちよ。だから、この竜たちは正確には死んでいるのだけれど・・・・・・・・私に、すなわち吸血鬼に殺されたモノはその魂が呪われ縛られる。ゆえに、この『世界』に於いては、私は自分が殺して来たモノたちを蘇らせる事が出来るの」
シェルディアは2体の竜たちに少し懐かしそうな視線を向けながら、影人に対し説明を続けた。
「この2体の竜、黒竜の王ゼルザディルム、白竜の王ロドルレイニは、元いた世界で私が戦い殺した最上位クラスの実力者たちよ。ふふっ、懐かしいわね。あの時の私はいま思うと、けっこう荒れていたわ」
シェルディアが蘇らせた黒竜の王ゼルザディルムと白竜の王ロドルレイニ。その2体の圧倒的存在に睥睨されている影人は、それを従えるシェルディアに対して一種の恐怖を覚えた。
(イ、イカレてやがる・・・・・いったい目の前のこいつは、どこまで化け物なんだよ・・・・!? この2体のドラゴンをあの少女みたいな見た目の奴が殺しただと? しかも、自分が殺した全てのモノをこの『世界』限定的とはいえ、蘇らせる事が出来るだ・・・・? チートもいいところだぜ・・・・・・・・!)
今更ながらに自分の目の前にいるのが化け物だと自覚せざるには得られない。自分はこんな存在と関わってきたのか。その事にゾッとする。
『――フム。我らを呼び出したか、夜の主よ。貴様が我らを呼び出すのは随分と久しいな』
影人が冷や汗を流しながら警戒していると、影人の頭の中にソレイユともイヴとも違う声が突如として響いて来た。
(な、何だこの声は!? 声が低い? 男の声か? だがこの場に男なんざ俺以外には・・・・・)
『そこの黒竜と私を呼び出すとは、私たちに見下ろされているこのモノがよほどの強敵というわけですか。正直に言って、ただの矮小なる存在にしか見えませんが・・・・・・・・・』
その声に影人が驚いていると、今度は声が高い、女性のような声が影人の頭の中に響いて来た。その声も、ソレイユやイヴとは違う声だ。
「ええ、久しぶりねゼルザディルム、ロドルレイニ。あなたたちとこうして言葉を交わすのも、何千年かぶりね。もう少しあなたたちともお話したいけど、今は戦いの最中なの。ほら、あなたの前にいるその人物。スプリガンと言うのだけれど、その人物が戦いの相手よ」
シェルディアがどこか親しげに2体の竜にそう言葉を返す。それで分かった。影人の頭の中に響いた声の正体が。
(この声はドラゴンの声か・・・・・・! 要は一方的な念話。それがドラゴンの言語機能って感じか・・・・・・つーか、ドラゴンって話せるんだな・・・・・)
目の前にいる黒竜と白竜。それが影人の頭の中に響いて来た声の主の正体だ。ただ、影人が予想している通り、この念話は一方的なものだろう。そうでなければ、竜たちは影人の心の声に何らかの反応をしているはずだ。更に言うならば、シェルディアも竜たちに肉声で言葉を返している。つまり、影人の予想は間違ってはいない。
「・・・・・はっ、でかいトカゲが2匹か。何を出すかと思えば、随分とチンケじゃねえか」
その試しと言ってはおかしいかもしれないが、影人はドラゴンたちに向かってそんな挑発の言葉を放った。もちろんフカシだ。明らかに目の前のドラゴンたちは自分より強いように思える。というか、普通に怖い。それほどまでのプレッシャーをドラゴンたちは放っている。
だが、その言葉を言わずにはいられなかった。もちろんその理由は、自分の予想が合っているか確かめるためだ。影人が挑発の言葉を投げかければ、ドラゴンたちは何らかの反応を示すはず。しかし、心の奥底では影人はこんな事を思っていた。




