第748話 怪物の心(5)
「確かにウチの学校の文化祭は基本誰でも来れるけど・・・・・・・嬢ちゃんマジで来る気なのか?」
「あら私が来ちゃまずいの?」
「いや、まずいとかじゃないんだけど・・・・・」
正直、色々と面倒になりそうだから来てほしくない、とは言えない。影人のその言葉を聞いたシェルディアは「そう? よかった」と楽しそうに笑った。
「ならその文化祭というものに私も行くわ。久しぶりに陽華や明夜にも会いたいし。影人、その文化祭の日はいつなの?」
「・・・・・・・9月の末。24、25、26日の3日間だよ」
影人は諦めたようにため息を吐きながら、シェルディアに文化祭の日にちを教えた。影人はまたシェルディアが自分に会いに来たら逃げるかなと、どこか現実逃避気味にそんな事を考えた。
「あ、影人。今度は逃げないで頂戴ね? 流石に今度逃げたら私も怒るから」
「も、もちろんだ。ははっ、まさかそんなこと考えてないって」
シェルディアのタイミングがドンピシャ過ぎる言葉を受けた影人は、ギクリとその顔を引き攣らせた。全く、この少女はニュー◯イプか。
「ふーん、本当かしら?」
「本当だって。俺嘘つかないし!」
影人の反応を怪しく思ったのか、ジト目を向けてくるシェルディア。そんなシェルディアに影人は誤魔化すように笑ってみせた。
「ふふっ、必死ね。何だか余計に――あら? 影人、あれ穂乃影じゃないかしら」
「え?」
シェルディアが左斜め前方を指差した。するとそこには、こちらの道へと横断歩道を渡って来る1人の少女がいた。長い黒髪に影人が通う風洛高校とは違う夏の制服を着たその少女は、確かに影人の妹である帰城穂乃影であった。
「本当だ。よー、穂乃影。お前もいま帰りみたいだな」
「っ・・・・・? 影に・・・・あなたとシェルディアちゃんか・・・・・・・・・」
横断歩道を渡り終えた穂乃影が影人の声掛けでこちらに気づく。穂乃影は影人とシェルディアの姿を確認すると、シェルディアに挨拶をしてきた。
「こんばんわ、シェルディアちゃん。ダメだよ、シェルディアちゃんみたいな可愛い子が、こんな人と一緒にいたら。心配した人がきっと警察に通報するだろうから」
「おいこら妹よ。それはどういう意味だ。その言い方だと俺が不審者みたいじゃねえか」
いつもと変わらないあまり抑揚のない声で、そんな事を言う穂乃影に影人は神速のツッコミを入れた。穂乃影の口調でそんな事を言われると、本気のように聞こえてしまう。
「そう言ってるんだけど。あなたの見た目でシェルディアちゃんと一緒にいたら普通に事案」
「何が事案だよ!? 俺は普通の高校生だ! 断じて不審者で事案なんかじゃねえ!」
真顔でそう言葉を続けた穂乃影に、影人は怒りの叫びをあげた。
「ふふっ・・・・・・ふふふふふふっ! あなたたち、やっぱり面白い兄妹ね」
影人と穂乃影のやり取りを聞いていたシェルディアは、本当に可笑しそうに笑っていた。
「でも大丈夫よ、穂乃影。影人はとても優しいし、私も信頼してるから。もちろん、あなたも本当は分かっていると思うけど」
「・・・・・・・・シェルディアちゃんに信頼されるほど、この人の人間は出来てないと思うけど」
ひとしきり笑ったシェルディアが、穏やかに笑いながら穂乃影にそう言った。シェルディアにそう言われた穂乃影は、どう言葉を返していいか分からなかったのだろう。ポツリとそう呟いただけだった。
「ふっ、聞いたか穂乃影。そういう事だぜ。これで俺が不審者でない事が証明されたわけだ」
「そういう理論にだけは絶対にならないと思うけど・・・・・・・このロリコン」
「誰がロリコンだ!? その言葉だけはマジでやめろよお前!?」
穂乃影がボソリと最後にそう呟いた単語を聞き漏らさなかった影人は、悲鳴に近い声でそう叫んだ。
(ああ、いいわ。何だか心が暖かくなってくる)
影人と穂乃影を見つめながら、シェルディアは内心そう呟いた。影人と出会いこの地で暮らし始めてから、シェルディアはよく暖かさを感じるようになった。それに楽しさも。気がつけば、シェルディアはよく退屈を忘れるようになった。
こんな時間がずっと続けばいいのに。柄にも無く、シェルディアはそう思ってしまった。
(っ・・・・・私は何を思ってるのかしら。らしくないわ)
シェルディアは自分がそう思ってしまった事に驚いた。こんな時間がずっと続けばいいのに。つい少し前までの自分なら絶対にそんな事は思わなかった。自分は永遠の時を生きる不老不死者。同じ時間が続くなどという退屈な事は、1番嫌っていたはずなのに。
(私がこの東京に来たのは、スプリガンに会うためよ。だというのに・・・・・・・・・陽華や明夜が光導姫として現れた時にも感じたけど、最近の私少し変ね。腑抜けちゃったのかしら)
自分の心境の変化に、シェルディアは珍しく戸惑っていた。
(だとしたら・・・・・何だか嫌ね。1度、区切りをつけてみましょう。私がこの地を訪れた目的を達成する。受け身ではなく自分から。その方法は考えないとね)
無意識にギュッと胸の辺りを左手で掴みながら、シェルディアはそんな事を思った。客観的に見ればシェルディアのその思考は、変化した自分の心境に戸惑い恐れ、逃げているように思えなくもない。だが、今のシェルディアは当然そんな事には気が付いていなかった。
「ん? どした嬢ちゃん。どっか具合でも悪いのか? 難しい顔してるけど」
「大丈夫?」
シェルディアの様子を心配した影人と穂乃影がそう言葉を掛ける。2人からそう聞かれたシェルディアは、淡い笑みを浮かべながらこう言った。
「大丈夫。別に何でもないわ。さあ、帰りましょう2人とも」
「ならよかった。うん、帰ろう」
穂乃影がホッとしたように口角を少し上げた。シェルディアはその言葉通り、再び歩き始めた。穂乃影も、そして影人もその後に続くように歩み始める。
(なんだ? なんかさっきの嬢ちゃんの笑みが軽く頭に引っかかるような・・・・・いや、考えすぎか。たぶん疲れてるから、感覚が変になってんだ。今日は早く寝よう)
影人はシェルディアの笑みに軽い違和感を覚えたが、気のせいだと割り切った。
――シェルディアの心境の変化の自覚。それがもたらすものは一体何なのか。それを知る者は今は誰もいない。
ただ予想できるとすれば、
それはきっと、約束された答え合わせだ。




