第743話 特別アドバイザー ロゼ・ピュルセ(6)
「あんたが何で日本にいるのか、その理由を私は知らないわ。でも、あんたはあんたの目的のためにいま日本にいる。だから、それが理由なら断ってくれても構わないわ。『芸術家』、いやロゼ・ピュルセ氏。明日から文化祭が終わるまで、あなたに我が校の特別アドバイザーになっていただけないでしょうか。芸術の分野で活躍しておられる、あなたを見込んでお願い申し上げます。なお、この事は既に当校の校長に許可は取っており、後はあなたの返事次第です」
真夏は途中から口調を畏まったものに変え、ロゼにそう言った。
「ふむ、その特別アドバイザーというのは?」
真夏からそのようにお願いされたロゼは、特段驚きもせずに冷静にそう質問した。
「特別アドバイザーというのは、文化祭の出し物を準備している我が校の生徒たちに、芸術や文化というものに深い知見を持つあなたに、様々なアドバイスをしていただきたいといったような意味の役職です。我が校の文化祭をより輝かしく成功させるため、あなたのアドバイスを頂きたい。もちろん、プロとしてあなたにお願いするわけだから、お金は払います。と言っても、生徒会の文化祭の予算から捻出するので、あなたに見合った金額は払えませんが・・・・・・」
ロゼの質問に真夏はそう答えた。真夏から特別アドバイザーがどのようなものなのか説明を受けたロゼは、申し訳なさそうな顔になった。
「すまない真夏くん。そのお願いは聞けそうにない。いや、これはお金の問題ではなく私の信条の問題なんだ。私は創作活動において、アドバイスは出来るだけしない。アドバイスをすれば、そこに私が混ざってしまうから。だから・・・・・すまない」
「・・・・・・・・・・・そう。あんたの信条は理解したわ。きっとそれは、あんたが芸術家として大切にしてきたものなのね。・・・・・・でも、その信条を踏みつける事をまた承知で言うわ。お願いよ『芸術家』。どうか、アドバイザーになって!」
真夏はイスから立ち上がると、真剣な表情でそう言って頭を下げた。
「っ、まさか君に頭を下げられるとはね・・・・・・」
ロゼは驚いたような顔で真夏を見た。ロゼと真夏はそこまで仲がいいというわけではない。お互い、年に1度の光導会議で顔を合わせる事があるかないか、それくらいの仲だ。
だが、それでもロゼは真夏が容易に人に頭を下げるような人物でないという事は知っている。傲岸不遜、とまではいかないが、真夏はそれに近い性格だ。
その真夏がいま自分に頭を下げてまでそう頼んでいる。ロゼは真夏が自分にそこまでして頼む理由が気になった。
「なぜ、君は私にそれを願うんだい? 見学してよく分かった。この学校の生徒たちは、誰のアドバイスを受けずともよくやっている。君がその事を知らないはずがないだろう。だと言うのに、なぜ・・・・・」
「・・・・・ええ、もちろんよく知ってるわ。私はこの学校の生徒会長ですもの。文化祭は今まで通り、今年も成功するでしょう。でも、私はそれをもっと、限界まで成功させたい」
真夏は顔を上げ、真剣な目をロゼに向けた。そして真夏はロゼに願いの理由を告げた。
「文化祭っていうのはね、特別なのよ。全ての生徒たちが絶対に何らかの活動をしてるわ。楽しんでいる生徒も、中には嫌々やっている生徒もいるでしょう。でも、みんな例外なく頑張っている事は変わらない。私は、そんなみんなの頑張りの集大成である文化祭を成功させる義務がある。なにせ、私は生徒会長だから」
真夏はグッと右手を握り視線をその拳に落とすと、更に言葉を続けた。
「あんたは有名人で芸術や文化に関するのプロよ『芸術家』。そんなあんたが文化祭のアドバイザーになれば、文化祭はより盛り上がる。私とあんたは顔見知りで、あんたはこの時期にここにいる。私はこれを運命だと思ってるわ。だから、私はあんたにお願いしてるの。もう1度だけ、これを最後に言うわ。お願い、『芸術家』。文化祭をより成功させるために、あんたの力が必要なの!」
真夏がまたロゼに向かって頭を下げる。真夏の情熱と責任を感じ取ったロゼは、しばらく黙っていたがその口を開いた。
「顔を上げてくれ真夏くん。君の思いはよく分かったよ。・・・・・・いいだろう。今回ばかりは自分の信条よりも、君の思いが優先だ。私でよければ、その役職受けようじゃないか。これからしばらく、お世話になるよ、真夏くん」
ロゼはフッとした笑みを浮かべると、真夏に手を差し伸べた。
「ッ、本当にいいの・・・・・? ありがとう、『芸術家』・・・・・・・・この恩は忘れないわ!」
顔を上げた真夏は一瞬驚いた表情を浮かべるが、すぐに満面の笑みになりロゼの手を掴んだ。
「じゃ改めて・・・・・・・明日から文化祭が終わるまで、我が校の特別アドバイザーになってくれますか? ロゼ・ピュルセ氏」
「謹んでお受けしよう」
真夏が形式上ロゼに再びそう問うた。1度目は自分の信条を理由に断ったロゼであったが、今度は笑みを浮かべながら真夏の願いを了承した。
こうして、ロゼ・ピュルセはこれからしばらくの間、風洛高校の特別アドバイザーに就任する事が決定した。




