第739話 特別アドバイザー ロゼ・ピュルセ(2)
「は、はい。テーマは決まっていて、『文化祭』です。まあ、文化祭だから『文化祭』がテーマっていう安直なものですが・・・・・」
「いいじゃないか。安直、大いに結構。その分、メッセージが伝わりやすいという事だからね。では、少し君たちの絵を見てもいいかな?」
「ど、どうぞどうぞ! まだ描きかけで、ピュルセ女史から見れば落書きのようなものでしょうが、それでもよければ・・・・・・・・!」
男子生徒は畏まった様子でそう言った。ロゼは男子生徒に「ありがとう」と言うと、近くのイスに座っていた女子生徒にこう声を掛けた。
「失礼、絵を拝見しても?」
「は、はい。どうぞっ!」
ロゼが女子生徒のキャンバスを覗き込んだ。ロゼの隣についていた影人も、その視線をキャンバスに落とす。キャンバスには鉛筆か何かで絵が描かれていた。少女が2人並んでいて笑顔を浮かべている絵だ。
「なるほど、まだ下書きの段階だね。君がなぜ『文化祭』をテーマとして、このような絵にしようとしたのか、その理由をお聞かせ願えるかな?」
「え、ええと・・・・・文化祭といえば、笑顔かなって。文化祭になると、学校がいつも以上に明るくなって笑顔が溢れる、と私は思ってるんです。だから友達と文化祭を楽しむ、楽しめるようにとこの絵を描きました」
女子生徒は少し恥ずかしそうにそう説明した。女子生徒の説明を聞き、再び女子生徒の絵に視線を戻したロゼは「なるほど」と呟き口角を上げた。
「素晴らしいメッセージだ。この絵に色がつくのが楽しみだよ。ぜひその願いを筆に乗せて書き上げてほしい」
ロゼは暖かな笑みを浮かべると、賞賛の言葉を口にした。それが影人には少し意外に感じられた。ロゼはプロの芸術家だ。ゆえに美術部には厳しめの言葉を投げかけると勝手に思っていたからだ。
「え・・・・・・・? あ・・・・・ありがとうございます!」
ロゼからそう言われた女子生徒も、まさかロゼから褒められると思っていなかったのか、一瞬キョトンとした顔を浮かべた。だが、すぐに本当に嬉しそうにロゼに感謝の言葉を述べた。
「ふふっ、絵と同じくいい顔だ。では、次は君の絵を見てもいいかな?」
「は、はい!」
それからロゼは3人の美術部の生徒たちの絵を立て続けに観察した。1人目の男子生徒の絵は、先ほどの女子生徒同様まだ下書きの段階だった。その男子生徒は校舎の窓からの視点を、文化祭の風景を想像し描いていた。2人目の女子生徒は既に着色に入っていた。その女子生徒の絵は、男子生徒と女子生徒のカップルが文化祭を楽しんでいる絵だった。3人目の男子生徒はもう半分ほど絵の具で色を塗っており、鮮やかであった。絵は体育館のステージの上で男たちが喜劇をしているものであった。ロゼは3人に先ほどの女子生徒同様、素直な賞賛の言葉を送った。ロゼの感想を受けた3人は、これも先ほどの女子生徒同様、心の底から嬉しそうな顔を浮かべていた。
「さて次は――」
「あ、順番的に俺っすね。でも俺の絵はあんま期待しないでください、超下手なんで。元々、絵は下手だったんすけど、美術部に入ったのマジ最近なんすよ。だから、ほとんどまだ上手くなってなくて」
ロゼが5人目の生徒――美術部は全部で6人――に視線を向けようとすると、その5人目の男子生徒がそう言って手を挙げた。
(あいつは確か『芸術家』の事を知らなくて、4番目の男子生徒から指摘されてた奴だな。てか、見た目通り、言動もちょっとチャラ目だな)
5人目の男子生徒は、他の美術部の生徒たちより明るい見た目をしていた。校則ギリギリの茶色めの髪は長めで、髪型はヘアバンドでオールバック。耳にはピアスの穴が空いていて、制服もオシャレに着崩している。パッと見、陽キャ。もしくはヤンキーといった感じだ。こう言っては失礼だろうが、明らかに美術部という見た目ではない。
「私は絵の上手い下手で絵を語らないから安心してくれ。では、君の絵を見せてもらおうか」
ロゼがチャラ目の男子生徒のキャンバスに視線を向けた。影人も同じように前髪の下の目をキャンバスに向けた。




