第738話 特別アドバイザー ロゼ・ピュルセ(1)
「活動中すまない。少し見学させてもらえるだろうか」
ロゼが美術室の引き戸を開け、そう断り入室した。影人もロゼに続き美術室に入る。影人は授業で美術を選択していないので、1年の時のクラスの掃除係くらいでしか美術室を訪れた事はなかったが、久しぶりに入った美術室は何も変わっていなかった。少し汚れた机や、美術の授業の課題であろう絵や粘土の創作物。それに干された雑巾。いかにも美術室といった感じである。
影人たちが美術室に入室すると、やはり数人の生徒たちがいた。生徒たちはキャンバスに鉛筆や筆で何かを書いていたので、ほぼ間違いなく美術部だろう。そして、その中の眼鏡を掛けた男子生徒が影人たちの方に振り向いた。
「はい? どちらさんで――ッ!? ピュ、ピュ、ピュルセ女史!? ままままさか、我が美術部に見学に来て頂けるなんて! ああ、あなたのお姿を生で見れただけでなくこんな役得があるなんて・・・・・・・・! 今日は人生最良の日です!」
その男子生徒はロゼの姿を見ると、感激したような表情を浮かべそう言葉を漏らした。その男子生徒に引かれるように、他の生徒たちもロゼの姿を確認して驚いたような顔になった。
「おいおい嘘だろ!? あの現世界最高の芸術家の1人がこんな場所に来るなんて・・・・・!」
「『薔薇』、『紫の貴婦人』、『天命の獣』、数々の芸術史に残る作品を描いたあの天才が・・・・・!」
「やっぱり凄い美人だ・・・・・」
「あ、さっき見に行った人だ。やっぱり有名人なんすね」
「バカ、当たり前だろ! 芸術や美術を少しでも齧っていれば、彼女の事は知ってるのが普通だ!」
美術部の生徒たちの顔や反応を見た影人は、ある事に気がついた。
(美術部・・・・・・・・ああ、そうか。こいつらさっき『芸術家』を見に行った奴らだ。たぶん、俺と同じであの野次馬の中にいたんだろうな)
この美術部の面々は、影人が校舎の影で休んでいた時に見かけた生徒たちだ。1番最初にロゼに反応した眼鏡を掛けた男子生徒が、「急げ急げ美術部」と言っていたのを影人は思い出した。
「どうやら私の説明は不要のようだね。光栄だよ」
「こ、光栄だなんてそんな! むしろ絶対に僕たちの方が光栄ですから! そ、それにしても先ほど校門前でお姿を拝見した時も思いましたが、本当に日本語がお上手ですね・・・・・以前ピュルセ女史のインタビューの記事を拝見した通り、本当に語学が堪能なんですね。凄いです!」
眼鏡を掛けた男子生徒は心の底から尊敬の眼差しをロゼに向けそう言った。男子生徒の言う通り、ロゼの日本語は本当に上手い。先ほどの日本の諺を知っていた事からも、日本語への知識と理解が窺える。
「ははっ、ありがとう。と言っても、私は別に語学が堪能というわけではないよ。確かに大体の国の言語は話せるが、それは私が言語を美しいと思っているからだ。言語にはその国のおよそ全てが反映されている。そこに反映されているものは、須く美しい。私はそう思っていてね。美しいものは理解したくなる性分なんだ。だから、私が日本語を話せるのもその理解の延線上に過ぎないのさ」
(いや、人はそれを語学堪能って言うんだよ・・・・・・)
ロゼの言葉を聞いていた影人は内心そうツッコんだ。大体の国の言語を話せるというのが、語学堪能以外の何者なのか。こいつ、やっぱり天才タイプだなと影人は思った。
「・・・・・すいません。そういうわけで見学させていただくわけですが、美術部の皆さんは文化祭ではどのような出し物をなさるんですか? 今この場にいらっしゃるという事は、美術部として何か出し物をなさると思うんですが・・・・・・・」
案内人という立場上、影人は部長っぽい(完全に偏見)眼鏡を掛けた男子生徒にそう質問した。男子生徒は影人の意図を汲み取ってくれたようで、影人の方に視線を向けると笑みを浮かべて頷いてくれた。
「うん。君の指摘通り、僕たちは美術部として文化祭で活動する予定だよ。といっても、そんなに大した活動は出来ないから、自分たちが描いた絵をこの美術室に展示するくらいだけど。今はその展示する絵を描いているところなんだ」
「ほう、それは素晴らしい。テーマは決めているのかい?」
男子生徒の説明を聞いたロゼが興味津々といった感じでそんな質問を飛ばす。ロゼに質問を受けた男子生徒は、再び緊張したようにこう答えた。




