第737話 案内人、帰城影人(5)
「・・・・・・・・・・」
このクラスは陽華と明夜がロゼを案内してくれるようなので、影人は教室のドア付近で軽く両手を組みをながら待っていた。ロゼが人の目を引く容姿なので、案内役の影人に視線を向けてくる者は殆どいない。まさに空気。まさに影。これこそが自分本来の立ち位置だと、前髪は心の底から思った。
「ありがとう2人とも、それにこの教室の諸君。おかげで満足いく見学が出来たよ。当日がより楽しみになった」
「いえいえこちらこそ! みんなよりやる気が出ましたし!」
「当日は絶対ロゼさんを驚かせますから。天地神明に誓って」
それから10分ほど。2年5組の教室を見学し終えたロゼは陽華と明夜、2年5組の生徒たち全員に充足したような笑みを浮かべそう言った。ロゼのその言葉に、陽華や明夜はどこか嬉しそうな顔をしていた。
「・・・・・・2年5組の皆さん。ご協力、ありがとうございました。ではピュルセさん。次のクラスに――」
影人が形式的にそう言葉を述べようとすると、突如こんな声が聞こえてきた。
「あ、帰城くんも当日はぜひ! お待ちしております!」
「あなたのそのムスッとした顔、怖がらせてあげるから」
影人に声を掛けて来たのは陽華と明夜だった。このままサッと去ろうと思っていた影人は、2人のその声に反応せざるを得なくなった。
「・・・・・・・・・気が向いたらな」
影人は内心で大きくため息を吐くと、2人にそう返事をして2年5組の教室を去った。
「君は彼女たちとあまり仲が良くないのかい?」
「・・・・・・ご想像にお任せしますよ」
教室を出るとロゼが影人にそんな質問をしてきた。彼女たちとは間違いなく陽華と明夜の事だ。影人の言葉や態度から何かを察したのだろう。影人はロゼにそう答えを返すと、次の教室に足を向けた。
「――以上で2年のクラスは全て終了です」
「ありがとう。1年生たちも活気に満ちていたが、2年生諸君はそれ以上だな。出し物も思っていた通り個性的だった。本当に、当日が楽しみになったよ」
2年6組、2年7組、2年8組、2年9組と2年全てのクラスを見学し終えた影人とロゼは、階段の前にいた。6組は暁理がいるから多少めんどうかと覚悟していた影人だったが(今の暁理は影人に対して機嫌が悪くなるので)、運良く暁理はいなかった。7組は影人のクラスだったので勝手知ったる感じではあったが、担任の紫織は未だに爆睡していた。本当にそれでいいのか教師と影人は一瞬思ったが、教師は激務だ。日頃の疲れが溜まっているのだろうと、影人は勝手に納得した。
「・・・・・・リップサービスでなく、本当に来る気なんですね」
「ん? 当然だよ。私はあまり嘘はつかない主義でね。確か文化祭は9月末の3日間だろう? まあ、日本にはまだまだ滞在する予定だから問題は何もないよ。まあなにぶん、私が日本に訪れた目的はいつ成就するか分からないからね。のんびりとやるさ」
影人が少しだけ呆れたような声でそう呟くと、ロゼは口角を上げた。文化祭の期間を知っているのは、影人が案内の最中に教えたからだ。
(クソ、この暇人が。マジで来る気かよ。こっちからすりゃ、いい迷惑なんだよ・・・・・・・)
ロゼの答えを聞いた影人は内心そう毒づいた。影人からすれば、ロゼは出来ればもう自分や風洛高校に接点を持ってほしくなかった。しかし、現実は残酷であった。
「・・・・・・・・それでは次は3年の教室に行きましょう。さっきピュルセさんは2年は1年より更に活気があると仰ってましたが、たぶん3年生の方がより活気ですよ。何せ、彼らにとっては最後の文化祭ですから」
「有終の美を飾るため、かな。確か日本の諺だったね。それと帰城くん。今更だが、言葉遣いはもっと砕けてくれて構わないよ。君の年はたぶん私と1つしか違わないだろうしね」
「いえ、あくまで俺は案内人です。しかも一応、今の俺は風洛を代表するような立場でもありますので、言葉遣いはこのままとさせてください」
ロゼにそう言われた影人であったが、影人はそのように理由をつけて断った。こういう所は変に礼儀正しい前髪野朗である。
「そうか、それは失礼したね。私の配慮が足りていなかった。君は礼儀正しい人間だね。真夏くんが君に私の案内を任せた理由がよく分かるよ。さて、では3階に・・・・・ん? あれは・・・・・・・・」
3階に上がろうとした時、ロゼが何かに気がついたようにその顔を2階の廊下のどんつきに向けた。影人も何だと思い、そちらの方に顔を向ける。2階の廊下のどんつきにあるものといえば、特別教室くらいしかないはずだが。
「帰城くん、あのプレートに書かれているのは・・・・」
「美術室ですね。美術の授業や主に美術部が使ってます。・・・・・・・・・ああ、なるほど。芸術家のピュルセさん的には、確かに興味が唆られる場所ですよね。3年の教室に行く前に、美術室を見学していきますか? たぶん、今は美術部が文化祭の出し物の準備をしてると思いますけど」
ロゼがなぜ廊下のどんつきに視線を向けたのか理解した影人は、ロゼにそう提案した。面倒だが今の自分は見学者の案内人だ。ならば、見学者の要望には出来るだけ応えなくてはならない。
「悪いがそうさせてもらえるかな。正直、見学したくないと言えば嘘になるから」
「了解しました。では、美術室に行きましょうか」
首を縦に振ったロゼを見て、影人も頷いた。2人はその足を3階に向かう階段から、美術室へと変えた。




