第732話 押し掛け芸術家(5)
「おお、真夏くんじゃないか! そうか、確かに君の制服もこの学校の制服だったな。いやはや、まさか君と会うとは! ムッシュも昨日ぶりだね」
「はいピュルセさん、昨日ぶりです」
真夏の姿を見て驚いたロゼは真夏にそう言って、真夏の隣にいた光司にも顔を向けた。光司はロゼに爽やかな笑みを返し、軽く頭を下げた。
「え? 会長と副会長、あの人と知り合いなのか?」
「確か有名な芸術家なんだろあの人。すげえな。さすがウチの生徒会長と、あの香乃宮だ」
「会長とあの人けっこう仲良い感じだな」
「だよな」
3人の会話を聞いていた、影人を含めた野次馬の生徒たちがザワザワと騒ぎ始めた。3人がどういう関係で知り合いなのか知っている影人は、別に疑問を抱く余地はないが、3人の関係を知らない他の生徒たちからすればその反応は当然であろう。
「あー、あんたたちちょっと静かにしてなさい! それより『芸術家』。あんたウチの学校を見学したいみたいだけど、それで合ってるの?」
騒ぎ始めた周囲の生徒たちに向かって真夏はそう注意すると、ロゼに風洛高校を訪れた目的を確認した。真夏からそう聞かれたロゼは、「ああ」と言って首を縦に振った。
「せっかく日本に訪れたのだから、見学はぜひしたい。異文化に触れるというのは、創作に関わる者全ての基本だからね。それに、君がいる学校という事も分かって俄然興味がわいた。出来れば、やはり見学したい」
「ふふん、まあ私の城に興味を持つのは流石と言っといてあげるわ。仕方ないわね、事前にあんたの情報を聞いて校長に見学の許可は取っておいてあげたから、あんたの見学を私が許可するわ。ほら、これ首にかけなさい。入校証よ」
真夏は軽く笑みを浮かべて、カッターシャツの胸ポケットから風洛高校の入校証を取り出し、それをロゼに渡した。真夏から入校証を受け取ったロゼは、「本当かい? ありがとう、真夏くん!」と感謝の言葉を述べ、入校証を首からかけた。
「といっても、案内役がいないのよね。私と副会長はクソ忙しくてあんたを案内してあげる時間ないし・・・・・・・どっかに私とあんたの知り合いで、案内役いないかしら」
(・・・・・・・・・この場にいるのはマズイ気がする。とりあえず確認は出来たわけだし、さっさと教室に戻ろう)
真夏の呟きを聞いた影人は、こっそりとこの場を去ろうとした。真夏が呟いた案内役の条件に、奇しくも自分が当てはまるからだ。面倒事の予感を察知した前髪は静かにエスケープを試みたが、残念ながらその試みは後ろから聞こえて来た声に阻まれた。
「あ、帰城くん」
「っ・・・・・・・」
声の主は光司であった。そして光司のその声によって、この場の注目は去ろうとしていた影人に集中した。
「む? 君は昨日の・・・・・・・・」
「ん? あんた帰城くんと知り合いなの?」
「ああ。昨日そこの彼と一緒に出会ったから、知り合いといえば知り合いだよ」
「へえ、そうなの。なら、ピッタリじゃない」
ロゼと真夏が影人に気がつき、そんな会話を交わす。何がピッタリなんですか。やめてください会長と影人が心の中で願うも虚しく、真夏が影人にこう声を掛けてきた。
「ねえ帰城くん。ちょっとお話いいかしら?」
「・・・・・・な、何でしょうか会長」
影人は仕方なく振り向き、ぎこちない笑みを浮かべながら真夏にそう聞き返した。最悪だ。本当に最悪な予感しかしない。
「あそこにいる『芸術家』に学校案内をお願い出来ないかしら? 何でも帰城くんあいつと知り合いみたいだし。あなたなら私も安心して任せられるから。申し訳ないけど頼まれてくれる?」
「い、いやー会長の頼みですから受けたいのは山々なんですが、俺にも文化祭の準備があって・・・・・・・・だから、申し訳ないですがお断り――」
「それなら大丈夫。私たちの方であなたのクラスに事情を説明しておくから。あなた、確かお姉ちゃんのクラスだから2年7組よね? そういう事だからお願いね! じゃ、私たちはもう戻らないといけないから。行くわよ副会長!」
「あ、はい! ご、ごめんね帰城くん。僕が君の名前を呼んでしまったばっかりに・・・・・・お礼はまたするから! じゃあ!」
「あ、おい香乃宮!」
影人が呼び止める声も虚しく、真夏と光司は校舎の方へと走って行った。
(嘘だろ・・・・・・・・? 終わってやがる・・・・)
影人は片手で顔を押さえながら絶望した。そして、真夏と光司が去っていった事により生徒たちの注目をその一身に集めた影人に、「え、誰あの人?」、「前髪長すぎない?」、「つーかあの人も芸術家の人と知り合いなのか?」的な声が浴びせられる。目立つ事を何より嫌う影人にとって、この状況は最悪以外の何者でもない。胃に穴が開きそうだ。
「ふむ。では案内を頼んでもいいかな、少年?」
「あ・・・・・・・・・・・・はい・・・・」
顎に手を当てそう確認してきたロゼに、影人は力なくそう言葉を返した。
――前髪野郎には、やはりアクシデントが良く似合う。




