第713話 とある女神の昔話(5)
「話を戻しますね。その神たちは地上で兄妹2人で仲良く暮らしていました。兄の方は誰にでも分け隔てなく優しく、多くの人間から敬われていました。妹の方は少々ぶっきらぼうでしたが、兄と同じく優しい心を秘めていた子でした。2人とも人間が好きな神でした」
ソレイユは優しげな声でそう言った。しかし次の瞬間、ソレイユの声は180度変わった。
「・・・・・ですが、その穏やかな生活はある日を境に唐突に終わりを告げる事になります。2柱の内の1柱、兄の方が人間たちに殺されたからです。神殺し、それが行われた瞬間です」
暗く重い声。ソレイユはその声音と同じ暗い表情を浮かべていた。
「兄が人間たちに殺された理由は兄の権能でした。そして兄と同じ権能を有していた妹の方も、人間たちの標的となり、人間たちは妹の方も殺そうとしました。ですが、妹の方は運良く生き延びる事が出来ました。そして、妹は兄を殺し自分を殺そうとした人間たちを恐れ憎み、ひっそりと隠れ暮らしました」
「・・・・・・その兄妹たちが持ってた権能ってのは、具体的には何なんだ?」
兄の神が殺され、妹も殺されかけた理由は兄妹が持っていた権能だという。神の権能。おそらくソレイユもそれを有しているのだろうが、ソレイユはその兄妹は特別だと言った。ならば、それはソレイユや他の神々ですらも有していない権能も所持していたという事だろう。影人はソレイユにそう質問した。
「・・・・・兄妹の有していた権能は特別なものでした。その兄弟以外に有する者はいなかった。その権能、力の名は・・・・・・・・・・『終焉』。全ての命を終わらせる事の出来る力。基本的に不老不死である神すらも、命ある存在は全てその力の前では無力です。人間たちは、兄妹のその権能を知り、恐れたのです」
「『終焉』・・・・・・・そいつはまるで、あの黒フードが持っている大鎌みたいな力だな。あと、また質問で悪いんだが、人間たちはどうやってその兄の方を殺したんだ? 神ってのは基本的に不老不死なんだろ。それにその兄は『終焉』っていうチートな力を持ってた。だってのに、どうして・・・・・・・」
ソレイユの答えを聞いた影人に新たな疑問が生じた。そもそも、神という不老不死の超常的存在を、『終焉』という人知の及ばぬ力を持つ存在は、なぜ人間に殺されたのか。影人にはどうしてもその事が気になって仕方なかった。
「・・・・・私もその現場を直接見たわけではないので、別の神伝いに聞いた話です。その話を聞くに、どうやら人間たちは、神殺しの武器を所持していたようです」
「神殺しの武器・・・・・・・・あいつが持ってた『フェルフィズの大鎌』か・・・・・!?」
影人は思わずそう言葉を放った。神殺しの武器、それは影人も知っている。つい先ほどまで、自分はその武器を持っていた人物と同じ場所にいた。
「いいえ、影人。確かにフェルフィズの大鎌も神殺しの忌み武器です。しかし、その神を殺した武器とは別物です。兄の神は、神殺しの剣によって殺されました」
だが、ソレイユは影人の言葉を否定した。てっきり、神殺しの武器はフェルフィズの大鎌だけだと思っていた影人からしてみれば、ソレイユの言葉は意外なものだった。
「・・・・・・・・・・・ソレイユ、別に結論を急かしてるわけじゃない。だが、だいたい分かったぜ。お前がいったい、誰の過去を話しているのか」
影人はそう前置きして、前髪の下からソレイユに真っ直ぐに視線を向ける。今、影人の頭にはある人物の姿が浮かんでいる。その人物は影人も知っている人物だ。
「そうでしょうね。勘のいいあなたなら、もう分かっているでしょう。いったい私が誰の話をしているのか」
影人のその言葉に、ソレイユは淡く微笑んだ。この少年ならば、途中で気づくだろうとソレイユは元々思っていた。
そして、ソレイユは言葉に出して告げる。この話の主役の名を。その者の正体を。
「・・・・・・・この話は人間によって兄の神を殺された妹の神の話。その妹の神の名は――レイゼロールといいます。レイゼロールの正体は、私と同じ神です。そして、彼女は・・・・・・私とラルバの友でした」




