第703話 カケラ争奪戦イギリス9(5)
「ああそうだ。それとカケラは回収した。もうこの都市に用はない。戻るぞ」
「おお、そいつは重畳。まあ、さっきの感覚で分かってはいましたけど。了解です。正直、噂のスプリガンにちょっかいは出したいですけど、今の弱ってる俺じゃ負けるのがオチでしょうしね」
「ああ? おいおいふざけんな! こっからだろうがよ! 俺は残るぜレイゼロール! 俺はまだ満足しちゃいねえんだ!」
レイゼロールとゾルダートの会話を聞いていた冥が、不満げにそう叫んだ。戦闘狂の冥からしてみれば、せっかくスプリガンと戦っているのに撤退という選択肢は到底許容できないものだった。
スプリガン、レイゼロール、冥、ゾルダート。ウェストミンスター橋の上に闇を扱う者たちが集結し始めた。そして、そこに新たに1人、光の力を扱う者が現れた。
「ッ! 追いつきましたわよクソ闇人! 今度こそ、この私がてめえの息の根を止めてやりますわ!」
ゾルダートとレイゼロールの後ろに現れたのは、ゾルダートを追っていたメリーだった。メリーは右手のサーベルをゾルダートの方に向けながら、怒ったようにそう言葉を放った。
「! レイゼロール・・・・・! それに奥にいるのは、もう1人の闇人と・・・・・・・・まさか、彼があのスプリガンですの・・・・?」
メリーはゾルダート以外の人物たちを見渡しながら、最後に影人の方に目を向けた。スプリガンの事はもう全世界の光導姫と守護者が知っている。もちろんその特徴もだ。メリーはその特徴から影人がスプリガンだと予測したのだろう。
「って、どどどどういう事ですの!? 我が英国が誇るウェストミンスター橋が壊されて・・・・・・!? どいつですの! この橋を破壊した奴は!?」
(すいません俺です・・・・・・・)
メリーは橋の一部が崩落しているのを見て、動揺した。そんなメリーの言葉に、影人は内心謝罪した。英国民である彼女からしてみれば、自国の有名な橋が破壊されているというのは、かなりショックだろう。後でコッソリ直すので許してほしい。影人は内心でそう言葉を付け加えた。
「お前が足止めしていた光導姫か。お前と戦った割にはまだまだ元気そうだな」
「すいませんね。守護者がいなけりゃ殺せてたと思うんですが・・・・・・まあ、時間は稼いでたんで許していただきたい」
メリーの出現にレイゼロールはそんな反応を示した。守護者の姿はないが、ゾルダートを追い詰めた光導姫はほとんど軽傷だった。つまりは、まだまだ戦えるという事だ。
「まあ、いいですわ。どうせレイゼロールかもう1人の闇人がやったに決まってる事ですの。スプリガンさんを除く、てめえら全員とっちめて浄化してその命で損害料を払わせてやりますわ」
メリーはかなりキレているのか、かなり乱暴な口調だった。影人は内心で本当に平謝りした。残念だが、メリーのその決めつけは間違っている。
「・・・・・随分と威勢がいい。貴様1人で我らに勝つつもりか?」
「あら、威勢は大事でしてよ。やれると思わなければ、どんな事だって出来やしませんわ」
レイゼロールとメリーとの間に見えない火花が爆ぜる。これはまた戦いが勃発するかと影人は密かに身構えたが、戦いが起こる事はなかった。
「――威勢がいい事と無謀は違うわよ。今の光導姫はそんな事も分からないのね」
「「「「「ッ!?」」」」」
なぜならば、更なる乱入者がこの場に現れたからだ。その乱入者の出現に、橋の上にいた全員は驚いたような表情を浮かべた。橋の上にいた全員の視線は、その声が聞こえて来た方向――メリーの後方に向いた。
「ちょっと建物の陰から観察してたけど、中々面白そうな事になってるわね。久しぶりね、レイゼロール。それにあんたらも」
コツコツと靴音を響かせて現れたのは、1人の少女だった。少女はレイゼロール、ゾルダート、冥の方を見渡しそう言葉を続けた。紫紺の色の髪に紫がかった黒の瞳のその少女に、影人は見覚えがあった。
(あいつ、レイゼロールを追ってる最中に俺とぶつかった女じゃねえか・・・・・・・)
なぜあの少女がこの場にいるのか、影人には分からなかった。ただこの場に現れた事、今の発言などからするに明らかに一般人ではないという事はよく分かった。
『っ!? シオン・・・・・・・・・・』
影人がそんな事を考えていた時、影人の脳内にソレイユの声が響いた。いや、声と言うよりかは呟きだ。その呟やいた声はどこか震えていた。
(シオン・・・・・・? ソレイユ、お前あの女のこと知ってるのか?)
先ほどの語りかけ以降、自分の視聴覚を共有していたであろうソレイユに、影人は内心でそう聞き返した。
『ええ、私は彼女の事を知っています。なぜなら彼女は・・・・・・・・・かつて、光導姫だった少女ですから・・・・・』
(光導姫だった少女・・・・・・?)
ソレイユのその言葉を聞いた影人は、気がつけばおうむ返しにそう聞き返していた。
――ロンドンでの戦いは、もう終わりへと向かっていた。




