第70話 対決、レイゼロール中(4)
レイゼロールは左の剣を袈裟斬りに放ってくる。その攻撃を影人は右の剣で受け止めいなした。
レイゼロールはそのまま受け流された左の剣を、手首のスナップで返し、真一文字に斬りかかる。
それと同時にレイゼロールは右の剣を縦一文字に振りかぶった。
(同時攻撃。普通なら俺も両手の剣で対応しなきゃならないが――それじゃあ、だめだ)
影人は正真正銘の賭けに出た。
まず影人は自分の右の方から来る真一文字の攻撃に、左手を背に回して、自分の左手の剣を放り投げた。
宙を舞う闇色の剣はちょうど影人の右側面――つまりレイゼロールの左の横薙ぎの攻撃と影人の体の間に投げ出された。
「・・・・・・?」
「・・・・・・まあ、意味はわからないよな」
あと数ミリでレイゼロールの斬撃が影人に触れるというタイミングで、影人は一言、言葉を紡ぐ。
「弾けろ」
その言葉で放り投げられた剣は衝撃波を伴って弾けた。
「芸の無いことを・・・・・!」
衝撃波が発生したのは、先ほどとは違い、中心ではなく左だ。左の攻撃こそ衝撃波によって弾かれたが、右手の縦一文字の攻撃はまだ生きている。
「・・・・・そう思ってるなら好都合だぜ」
先ほどは飛ばされるために、わざと大きく飛ばされた。だが、今回はそれが目的ではない。
できる限りの力を込め、影人は踏ん張る。しかし、それでも衝撃波の威力は凄まじく左に少し体は動いてしまう。
そしてそれでよかった。
「なっ・・・・・・・!?」
影人の体が衝撃波によってずれて移動したため、影人の頭上を狙っていたレイゼロールの一撃は、影人の肩口を切り裂くだけに留まった。
「ぐっ・・・・・!?」
味わったことのない激痛が右の肩口に走る。が、影人は賭けに勝った。
レイゼロールの左手は衝撃波によってレイゼロールの斜め後方にある。右手も影人の肩口を切り裂き、攻撃は終えた。
そこに影人の活路がある。
(肉を切らせて骨を断つ。2度とやりたくはねえがな)
影人は斬られたことなどはお構いなしに、剣を両手で握り、逆左袈裟から思い切りレイゼロールに斬りかかった。
それは不可避の一撃。影人の賭けの成果。
影人の斬撃はレイゼロールに届いた。
――そう、届いただけだった。
ガキン、といま響くには不自然な音が鳴った。
「・・・・・・・・・・・あ?」
まるで安いナイフで思い切り金属の柱を斬りつけたような感触。
影人の闇の剣はレイゼロールの脇腹に当たっていただけだった。
「・・・・・・・何を呆けている?」
レイゼロールが左手の剣を投げ捨て、その左手で思い切り影人の首を掴んだ。
「がはっ・・・・・・・!?」
影人は首を片手で締められ、息を吐かされる。そして万力のような力でレイゼロールは、影人を持ち上げた。
「・・・・・・闇で身体能力を強化出来ると言うことは、体を闇で硬質化も出来るというのは道理だろう」
「っ・・・・・・っ・・・・・・!」
息が出来ない。苦しい。その感覚が自分がいま死に向かっていることを実感させる。
(・・・・・こいつの、言うとおりだ。・・・・・・俺は焦って勝負を決めようとした)
薄れゆく意識の中、影人はそんなことを考える。よく思い返してみれば、フェリートも自分の肉体を硬質化させることが出来ていた。なら、そのボスであるレイゼロールが同じ事を出来ないはずがない。そんなことを忘れるほど、自分は焦っていたのだろう。
「しかし・・・・・・手こずらせてくれた。結局、貴様の正体は分からずじまいだったが、今から死ぬお前にもう興味はない」
凍えるようなアイスブルーの瞳に、何の感情も浮かべないまま、レイゼロールは左手に力を込め続ける。
そして、チラリと陽華や明夜、アカツキやスケアクロウの方を見てこう呟いた。
「ふむ、ついでだ。やはりあいつらも消しておくか」
影人からは見えないが、必死な形相で壁を叩き続けている2人――陽華と明夜の姿を確認してレイゼロールはこの後の行動を決めた。
元々、フェリートにはあの2人の光導姫たちを始末するように言ったが、スプリガンのせいでそれは失敗に終わった。ならば、部下の失態を拭うのが主人である自分の矜持というものだろう。
むろん、2人だけでなく残りの光導姫と守護者も消すが。
「では、そろそろ死ね」
レイゼロールは右手の剣を水平にして、スプリガンに止めをさすべく、剣を突き刺そうとした。
(――ああ、それはダメだ)
死がすぐそこに迫る中、影人が思ったのはそんなことだった。
別に今ここで自分だけが死ぬのならばいい。悔いしかないが、それは功を焦った自分のミスだ。ならば、それは仕方が無い。
しかし自分のせいで、守るべき対象であるあの2人が殺されるのだけは許容できない。そんな事実を抱えて死んでいくのは、胸くそが悪い。
レイゼロールの剣が無防備な自分に迫る。その攻撃を金の瞳はスローモーションに捉えていた。
(何でもいい・・・・・・こいつを壊せる力があれば、俺はそれを求める)
守る力ではなく、壊す力。死の間際、影人が求めたのはその力だった。
それは明確な殺意。人間の負の感情。そして、奇しくも闇の力と同じ負のエネルギー。
そんな感情を最後に抱いた瞬間、
影人の中で何かが蠢いた。




