第698話 カケラ争奪戦イギリス8(5)
「っ・・・・・・気づいたか・・・・!」
時計塔の時計を観察しようとしていたレイゼロールは、こちらに向かってくるスプリガンに気がついた。レイゼロールが思っていたよりもかなり早い。
「そらよッ・・・・!」
影人は自身の背後に10本の剣を創造した。その剣は2本は黒炎を纏っており、黒氷、黒雷、黒水、黒風、といった属性を付与された剣もそれぞれ2本ずつ存在した。影人はその5つの属性が付与された10本の剣をレイゼロールへと放った。
「ちっ・・・・・!」
レイゼロールは邪魔をしてくる影人に舌打ちすると、黒翼をはためかせそれらを回避した。
「面倒な・・・・・・・!」
レイゼロールは時計塔の周囲を回り、追尾して襲って来る剣から狙いを外させようとする。しかし、その程度で10の剣は狙いを外さなかった。
「そこだ・・・・・・!」
影人は右手を握り、剣をレイゼロールに向かって収束させ突撃させた。全方位からの属性を宿した剣はもはや避ける事は不可能だ。
「ふっ!」
レイゼロールは自身を中心として球状の闇のバリアのようなものを展開させた。10の剣は全てそのバリアのようなものに弾かれていった。
(はっ、そいつは悪手だろ・・・・・・!)
影人は内心そう呟くと、レイゼロールに向かって直線的に距離を詰めた。再び幻影化をして、力を激しく消費する事を恐れたのかは分からないが、レイゼロールは防御の姿勢を見せた。ならば影人は更に攻めるのみだ。
(防御を解いた瞬間に拳をぶち込んで叩き落としてやる。レイゼロールとの近接戦は不毛だが、今はやるしかねえ!)
レイゼロールの目的物が時計塔にある可能性が高いのは分かった。なら、まずはレイゼロールを時計塔から遠ざけ、その間に時計塔を調べればいい。レイゼロールは時計に注目していた。ビックベンの時計は全部で4つ。そのどこかにレイゼロールが求めるものがあるはずだ。目的物がどのような物かまでは影人には分からないが、時計に何か異物があれば自分は気づく。そして、その異物こそレイゼロールの目的物のはずだ。
ほとんど一瞬の内にそう予測し推理した影人。決して頭がいいとは言えない前髪野朗だが、こういう異常なまでの勘の鋭さだけはあるのが帰城影人という少年の侮れないところだ。影人の勘の鋭さはソレイユも認めているところである。
「レイゼロール、やっぱり近接戦をやってやるよ・・・・・!」
影人の攻めるという姿勢も、近接戦に持ち込みレイゼロールを地上に叩き落とした隙に時計塔を調べ目的物を回収するという判断も何一つ間違っていない。
だが、結果的に影人のその姿勢と判断は間違っていたと言わざるを得なかった。いや、レイゼロールの方が上手だったと言うべきか。
レイゼロールがバリアのようなものを解除する。影人は至近距離まで接近したレイゼロールに左拳を放つ。その瞬間、レイゼロールの瞳に闇が揺らめいた事を影人は確認した。超反応をしてくる事は容易に予想してできる。
「ふん・・・・・・・」
しかし、レイゼロールは絶対に避けられる筈の影人の拳を避けずに、両手を交差させてその一撃を受けた。更に奇妙な事に、レイゼロールは全身から力を抜いていたようで影人の拳を受けて吹き飛ばされた。
その結果、レイゼロールは時計塔の時計に激突した。レイゼロールが衝突した衝撃で時計の一部は破損した。
「なっ・・・・・・・!?」
その予想外の結果に影人は思わずそんな声を漏らした。ほぼ100パーセント、レイゼロールは回避するかやり返して来ると思っていたからだ。
(何で俺の拳を受けたんだ? しかもレイゼロールを殴った感触的に、明らかにこいつは力を抜いてた。まるで吹き飛ばされる事が目的みたいに・・・・・・・ッ!? しまった! そういう事かよ!)
影人はレイゼロールの真意に気付いてしまった。だが時は既に遅い。レイゼロールはもう、時計にいる。
「ふっ・・・・・・今回だけ、今だけは貴様に感謝してやろうスプリガン。貴様のおかげで、我はここに到達できた。そして・・・・・・・・・・これがある事も確認できた」
巨大な時計に肉体を埋め込ませていたレイゼロールは不敵に笑った。ダメージはほとんどない。スプリガンの一撃を受ける前に、レイゼロールは全身を硬化させていたからだ。
そして、レイゼロールは密かに確認していた。スプリガンの剣に追われている際に、時計塔をグルリと回った時に一瞬だけ眼を闇で強化して。だから分かった。それがあるとすれば、最初に見たこの時計だと。
わざと影人に飛ばされ、目的の時計に近づいたレイゼロールは、遂にその目的物を見つけた。
「賭けは・・・・・・我の勝ちだ」
そう言って、レイゼロールは体と翼を動かし時計の長針の根本へと移動した。今のレイゼロールは眼を強化しているため、視力も格段に上がっている。ゆえに、長針の根元に埋まっていたそれも見えた。
レイゼロールは時計塔の時計、その長針の根元に埋まっていた――手で握れるくらいの黒いカケラを、自分の手で取り出した。




