第697話 カケラ争奪戦イギリス8(4)
「あいにく俺はお前だけに構ってるほど暇じゃないんだよ・・・・・!」
影人は左腕に回復の力を掛けて、受けたダメージを回復した。そしてその直後、レイゼロールの気配を影人は再び近くに感じた。
(っ、どこだ? 奴はどこに現れた・・・・・・・・!?)
冥に向けようとしていた意識が再びレイゼロールの気配へと戻される。影人はバックステップで冥から距離を取りながら、冥に向かって虚空から鋲付きの鎖を放った。この程度で冥をどうこうできると思ってはいない。あくまで時間を少し稼ぐ意図だ。
(向こう岸の橋には当然いねえ。だが、近くには絶対にいる。なら・・・・・後方のどこか・・・・・!)
リスクはあったが、影人は一瞬だけ体を反転させた。影人の目に映るのは、人一人いないロンドンの街。それにこちら側の橋の袂にあった時計塔――
「! ・・・・・・・・そこか・・・・!」
影人は時計塔の近くの空中にレイゼロールの姿を捉えた。上空にいるため、その背には先ほどと同様に黒い翼が生えている。レイゼロールはそのまま翼をはためかせ、時計塔へと近づいていく。
(奴の目的地は時計塔なのか・・・・・? いや、俺の注意が逸れたタイミングであんな所にいるって事は、それで確定だ。なら、奴の目的物は時計塔にあるって事か・・・・・・・・!)
レイゼロールの現れた位置から影人は素早くそう予測を立てた。影人の仕事はレイゼロールの目的の妨害だ。レイゼロールが時計塔で目的物を取得するならば、影人はそれを奪取する必要がある。
「今度はよそ見か!? ふざけるんじゃねえぞ! スプリガンッ!」
影人が一瞬背を向けている間に、冥からそのような怒号が飛んできた。影人はその怒号を受けて素早く冥の方に向き直した。そう。レイゼロールをどうこうする前に、まずはこの戦いに狂った闇人をどうにかしなければならない。
「チッ、邪魔なんだよ・・・・・!」
気がつけば鎖を掻い潜り、再び影人に接近していた冥。そんな冥に影人は苛立ったようにそう呟き、瞳に闇を揺らめかせた。
「砕け、我が鉄拳!」
全てがスローモーションに映る世界の中、影人は右の拳を引いた。影人は眼の強化以外にも、『加速』の力と肉体の『硬化』、攻撃の威力強化の力を使った。
冥が繰り出していた左拳を避けながら、影人は冥のみぞおちに右拳を叩き込んだ。ガンッとまるで金属音のような重低音が響く。冥の体は以前に戦った時と同じように硬かったが、今回は影人も肉体を硬化させている。拳の骨が砕けそうになるという事はない。影人は前回と同じように冥に拳をねじ込む。
「がはっ・・・・・・!?」
影人の一撃を受け声を漏らす冥。硬化した体でも、威力を強化し『加速』し『硬化』させた一撃でダメージ無しとはいかない。影人はそのまま右拳を引き、今度は昇拳で冥の顎を殴り上げる。そして右の蹴りを冥の腹部に浴びせると、ブーツの足裏から闇色の光の奔流を放った。
闇色の光がゼロ距離から冥を焼く。そして影人は間髪入れずに右足で冥の腹を踏み抜き跳躍した。
「しばらく寝てろ・・・・・!」
そのまま影人は自身の体を回転させ、踵からの回し蹴りを冥の側頭部に直撃させた。
「・・・・・・・・!」
『加速』し、反応速度が爆発的に上がっている影人の神速の連撃。その最後に踵の回し蹴りを受けた冥は言葉を発する暇もなく、側面方向へと飛ばされた。橋の上の側面方向、つまりは橋の上から投げ出された冥はテムズ川の上の空中に飛んだ。
「クソッ、間に合えよ・・・・・!」
影人は冥を飛ばし一瞬の時間を確保すると、そのまま先ほどと同じ浮遊の力を使い空中へと身を躍らせる。同時に『硬化』は解除。理由は闇の力のロスを減らすためだ。そして真っ直ぐに時計塔に向かって、影人は飛んだ。




