第696話 カケラ争奪戦イギリス8(3)
「ッ!? 煙幕か・・・・・!」
濃霧によって視界を奪われたレイゼロールは、黒フードの人物の姿を見失なった。レイゼロールは最大限の警戒感を抱いた。黒フードの人物はこの煙幕に乗じて自分に攻撃してくるつもりだと考えたからだ。
「しゃらくさい・・・・・・・・!」
レイゼロールは右手に闇の風を創造し、その風で以て煙を吹き飛ばした。突風が巻き起こり視界が晴れる。
「・・・・・いない? 退却したのか・・・・・・・」
元に戻った視界の中、黒フードの人物は姿を消していた。一応、全方位に視線を巡らせてみたが黒フードの人物の姿は確認できない。という事は、退却したと考えるのが自然だろう。レイゼロールは自身に掛けていた身体能力の常態的強化と、眼の強化、『加速』の力を解除した。
(退却の理由は、普通に考えれば戦闘を続行不可能としたダメージの蓄積量か。おそらく間違ってはいない)
ダメージを負い、動きに精彩を欠いていたあの状態。更にフェルフィズの大鎌以外は特筆した力もない黒フードの人物がレイゼロールを殺す事はほとんど不可能だ。それはあの黒フードの人物も分かっていたはず。だから最後に撤退できるであろうこのタイミングで、黒フードの人物は煙幕による奇襲ではなく退却を選択したのだろう。
(あの人物については依然分からない事ばかりだが・・・・・・今はその事について考える時ではない。奴が撤退した今ならば・・・・・・)
レイゼロールは振り返りその視線を時計塔へと向けた。冥がスプリガンと戦い、黒フードの人物も退却した今ならば、レイゼロールがロンドンに来た目的――カケラの有無を確かめる事が可能だ。
「・・・・・・・我に気づいてくれるなよ、スプリガン」
レイゼロールはチラリとその視線を冥と戦っている怪人に向けそう呟くと、自身の体を影に沈ませた。
(ッ!? レイゼロールの気配が消えた? レイゼロールの姿もねえ。あいつどこに行きやがった・・・・)
冥と近接戦を演じていた影人は、今まで近くに感じていたレイゼロールの気配がふっと消失した事に気がついた。念のためレイゼロールと会敵してからも気配察知は続けていたので、影人はその事に気づく事が出来た。
(つーか気づけばあの黒フードの奴もいねえ。死体が転がってないって事は退却でもしたか? あいつの相手をする必要がなくなったから、レイゼロールが消えた・・・・・そんなところか?)
影人の注意が目の前の冥から少しだけ逸れていく。そして、その事を見逃す冥ではなかった。
「はっ、随分と余裕だなスプリガン! 俺相手に他の考え事か!? ナメてんじゃねえぞ!」
冥は影人が自分との戦いに集中しきれていない事を看破すると、素早い右拳を放ってきた。レイゼロールの事に気を取られていた影人は、その冥の拳を避けきれず左の前腕部分で受けた。
「ッ・・・・・・!」
一瞬、影人の顔が苦痛に歪む。冥の鋼のような拳打は凄まじい威力だった。硬化させていない肉体で受けたので、おそらく骨が砕けている。その証拠に凄まじい激痛が影人を襲った。




