第675話 カケラ争奪戦イギリス3(5)
「言われなくても次の攻防で決めてやりますわッ! プロト、あなたは下がってください。その傷は本来なら一刻も早く治療が必要な傷ですわ。そんな状態で、最上位闇人相手にまともには戦えません事よ」
「言ったはずだよ、クアトルブ嬢・・・・・・・僕はこの体が動く限り、僕の使命を果たす。悪いけど、そのお願いは今度は聞けない・・・・・!」
プロトの身を案じたメリーは、先ほどとは違う理由でプロトに後退するように伝えたが、プロトはその言葉を拒否した。そこだけはどうしても譲る気はない。
「あなたは本当に頑固な方ですわね・・・・・・・なら、分かりましたわ。一緒に戦いましょう。その代わり、絶対に死なないでくださいまし。・・・・・それと、危ないところを助けていただき本当にありがとうございました。あなたのおかげで、私はまだ生きていられますわ。あなたに心からの感謝を」
メリーはまだ伝えられていなかった感謝の言葉をプロトに伝えた。謝罪よりは感謝を。助けてもらった身で傲慢かもしれないが、メリーはそちらの方が正しいような気がした。
「どういたしまして、淑女様。その言葉だけで、僕はどこまでも戦えるよ」
そして、プロトはメリーの感謝の言葉に素直に喜びの言葉を口にした。
「では、気張りましょうプロト。これをあの闇人が言うように最後の攻防にして、あの闇人を浄化するなり撃退するなりしますわよ。そして、私はレイゼロールを追いますわ」
「うん、もちろん僕も一緒にね・・・・・・!」
メリーとプロトは強気に笑みを浮かべながら、そう言い合った。
ロンドンの朝に鉄の匂いが混じった風が舞う。それが示すのは、この戦いの終幕かはたまた命の終幕か。風は気まぐれ。どこにどう吹くかは誰にも分からない。
それが分かるのは――これからだ。
「なあおい、レイゼロール。やっぱ暇そうだから、ゾルダートのとこ戻っていいか? 誰も敵が現れねえしよ。つまんねえ」
「・・・・・・・我慢しろ、冥。我の妨害をする者がまだ現れていないだけで、これから現れる可能性も十分にあるのだからな」
一方、ゾルダートに足止めを任せビックベンを目指していたレイゼロールと冥は、ガラリとしたロンドンの街中を駆けながらそんな言葉を交わしていた。
「さっきも聞いたぜそれ。俺は戦いたいんだよ。だからお前について来てやった。だが、結果はどうだよ? ロンドンでただ走ってるだけ。クソほど面白くねえ」
レイゼロールの言葉を受けた冥は苛ついたような顔を浮かべた。ゾルダートに光導姫と守護者を任せた後、レイゼロールと冥は目的地を目指すべく駆けている訳だが、新たな妨害者は誰1人として現れない。それが冥には面白くないのだ。
「スプリガンの奴でも現れるかもって密かに期待してたんだがな・・・・・・・・」
「・・・・・まだ分からんぞ。奴は神出鬼没。いつどこに現れるかは分からないからな」
苛立つ冥が黒い金眼の怪人の名を言葉に出す。今のところ、あの怪人はまだ自分たちの前には現れていない。しかし、だからといってスプリガンが出現しないとは限らない。レイゼロールは冥にそう言葉を返した。
(パリにまで我の前に現れた奴が、ロンドンに現れないというのは逆に不自然な気もするしな・・・・・・)
レイゼロールがそんな事を思っていると、正面に大きな橋とその向こうに大きな時計塔の姿がみえてきた。時計塔の袂に掛かる橋が、ウェストミンスター橋。そして橋の向こうにあるのが、レイゼロールたちが目指しているクロックタワー(正式名称は現在はエリザベスタワーであるが、レイゼロールはその事を知らない)。通称ビックベンである。
「チッ、もう目的地かよ。俺はこんなチンケな橋と古臭い時計塔を見に来たわけじゃ――」
冥が舌打ちをしたその時、ある事が起きた。
「・・・・・・・・・・・」
いったい、いつからそこにいたかは分からない。建物の上から走るレイゼロールと冥を見下していた者がいた。黒いフードを被り、黒いローブ纏った漆黒の人物である。その男は右手に凶々しい黒い大鎌を携えていた。その人物の姿と手に持つ大鎌は、その人物に死神という言葉を連想させる。
その死神のような人物は、自分のいる建物の真下にレイゼロールが来たのを確認すると、建物から飛んだ。
そして、その大鎌をレイゼロールに向かって振るった。
「ッ!?」
直前で上空から降ってくる影に気がついたレイゼロールは、その場から急いで飛び退いた。
次の瞬間、何かが破砕するような音が響いた。コンクリートに大鎌が突き刺さった音だ。
「っ!? 誰だてめぇ・・・・・・? おい、レイゼロール大丈夫かよ」
突如降って沸いた謎の人物に、冥は一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐに警戒した表情になると、レイゼロールのいる位置まで下がって来た。
「問題ない。それよりも・・・・・・・・貴様か。神殺しの大鎌を持つ者よ。なにゆえ貴様は我の前に現れる?」
レイゼロールは冥にそう言うと、黒フードの人物にそう問いかけた。レイゼロールはこの人物と1度会った事がある。1番目のカケラのあった場所、スイスで。
「・・・・・・・」
しかし、黒フードの人物は何も答えない。ただその手に持つ大鎌――フェルフィズの大鎌を構えただけだ。
「・・・・・・だんまりか。貴様といいスプリガンといい、口数が少ない奴らが多いな」
レイゼロールは軽くため息を吐くと、その凍えるようなアイスブルーの瞳を細め黒フードの人物を睨んだ。
「・・・・・・・・・いいだろう。我の前に立ち塞がるなら、貴様を排除する。そのフードに隠された素顔見てやろう」
レイゼロールの肉体を闇が包む。闇はオーラのようにレイゼロールに纏われた。闇による常態的な身体能力の強化だ。
「冥、やるぞ。お前だけに任せるには、奴の武器は危険すぎる。最初に言っておく。奴の鎌からダメージを受けるな。あの鎌に刈られたが最後・・・・・・全ての生命は死に絶える」
「マジかよ・・・・・はっ、いいぜ。ようやく面白くなってきやがった! ああ、戦ってやるよ!」
冥は嬉しそうな笑みを浮かべると、自身の拳を構えた。その瞳の奥には戦いを求める修羅の激情が燃えている。
――どうやら、ロンドンでの戦いは更に激化しそうだ。




