第666話 カケラ争奪戦イギリス2(1)
「ッ・・・・・! 離してッ・・・・!」
路地の角でぶつかりそうになり、影人に抱き止められた少女はそう言って影人の体を押した。
「・・・・・・・・わざわざ受け止めてやったってのに、失礼な奴だな。別に、俺も好きであんたを受け止めたんじゃないんだが・・・・・・」
少女からそんな反応を受けた影人は、一歩だけ少女から離れながらそう言葉を返した。
「ふん、私も別にあなたに受け止めてなんて頼んでないわ。見ず知らずの、あなたみたいにいかにも不審者ですって男に抱き止められれば、気持ち悪いのは当然の事でしょ」
少女は不機嫌そうな顔を浮かべる。紫紺の髪に紫がかった黒い瞳をした少女だ。髪の長さは大体肩を少し過ぎた辺り。顔こそ今は不機嫌に歪んでいるが、おそらく笑えば可愛らしい顔になるだろう。
服装は黒のシャツに紫のスカート。スカートには黒色のベルトが巻かれている。影人は女子のファッションの事はよく分からないが、普通の10代の女子のファッションといった感じか。
「誰が不審者だ・・・・・・女、お前みたいな奴はいけ好かないが、一応助言しといてやる。この辺りから離れろ。じゃなきゃ・・・・・・死ぬかもだぜ」
少女に久しぶりに不審者呼ばわりされた影人は、少しムッとしたような顔を浮かべるも、少女にそんな言葉を述べた。少女とぶつかった時は、この少女がいったい何者であるか疑ったが、格好などからするにもおそらく普通の一般人だろう。なぜ、この少女だけが人避けの結界の影響を受けていないのかは分からないが、そういう事もあるのだろうと影人は勝手に納得した。
「はあ? 何よ偉そうに。私がどこにいようが私の勝手でしょ。あんたの助言なんていらないわ、不審者」
だが、影人の助言を聞いた少女は更に不機嫌そうになると、影人を横切ってどこかへと歩いて行った。
「偉そうなのはてめえだろう・・・・・ったく、何だったんだあの女。ああいう奴は本当、苦手だぜ」
少女の背中を見つめながら、思わず影人はそう言葉を漏らした。よくもまあ、初対面の人間に対してあれだけ偉そうになれるものだ。
「っと、立ち止まってる場合じゃねえ。先を急がないとな・・・・・・・」
自分は今レイゼロールを追っている途中だ。こんな所で油を売っている暇はない。
影人は正面を向くと、再び風のようなスピードでロンドンの街を走り始めた。
「・・・・・・・・・・」
だから影人は気がつかなかった。先ほどぶつかった謎の少女が立ち止まり、影人の方を見つめていた事に。
「あの男・・・・・何者? あのスピードはただの人間じゃない・・・・・・・・普通なら・・・・・いや、でもそういう感じじゃない・・・・? もしかして、私が知らない間に増えた?」
少女はぶつぶつとよく分からない言葉を呟く。そして数瞬の間なにか考える素振りをすると、今はもう見えないほど遠くにある影人の後ろ姿に目を細めながら、こう言葉を続けた。
「・・・・・・・・・・・何にせよ、あの男は色々怪しいわ。ちょっと跡をつけてみるか」
そして少女はこっそりと影人の跡を追い始めた。




