第665話 カケラ争奪戦イギリス1(5)
「あ? てめえ何のつもりだゾルダート?」
「言葉通りだぜ冥。この獲物、俺に譲ってくれよ。100年ぶりなんだよ。なあ、わかるだろ?」
ゾルダートは静かに興奮したように、冥にそう言った。その顔は邪悪に歪んでおり、もう我慢が限界といった感じだ。
「それに、お前はレイゼロール様にまだついてた方がいい。まだ他に光導姫や守護者が妨害してこないとは限らねえしな。だから・・・・・・・・な?」
「はっ・・・・・・・俺が言うのも何だが、やっぱお前は戦いに狂ってんな。分かったよ、そこまで言うなら譲ってやる。それでいいだろ、レイゼロール?」
続けて理性的な理由を述べたゾルダートに、冥は軽く笑った。冥にはゾルダートの気持ちがよく分かってしまうからだ。
「・・・・・・・そこまで言うのなら、この場はお前に任せるゾルダート。但し、しっかりと足止めしろ」
冥からそう確認されたレイゼロールは、その確認を容認したようにゾルダートにそう声を掛けた。
「御意に」
「行くぞ冥。我らは先へ向かう」
「へっ、せいぜい楽しめよ」
レイゼロールと冥はゾルダートをその場に残し、ビックベンを目指し駆け出した。
「ッ! 待ちなさいレイゼロール!」
「逃がすわけにはいかないな・・・・・!」
逃走したレイゼロールに向かって、メリーとプロトはそう言いながらレイゼロールの後を追おうとした。メリーがソレイユに言い渡された仕事は、レイゼロールの行動の阻害だ。それは隣にいるプロトも同じだ。とにかく、ここでレイゼロールを逃がすわけにはいかない。
「おおっと、あんたらの相手は俺だぜ? この先を通りたかったら、まずは俺と遊んでくれよ」
だが、2人の前にはゾルダートが立ち塞がった。邪悪な笑みを浮かべる闇人に行手を塞がれた2人は、仕方なく戦う事を余儀なくされる。
「ッ、このクソ闇人・・・・・! そこまで浄化されたいなら仕方がないですわ。一瞬で決めてレイゼロールを追いますわよプロト!」
「言葉が少し乱暴になっているよ、クアトルブ嬢。了解した・・・・・・・!」
「はははははっ! さあ、戦いの始まりだ!」
ゾルダートは哄笑すると、腰から2つのナイフを抜いた。そして向かって来たメリーとプロトに、その2つ凶刃を振るう。
こうして、ロンドンでまた1つ新たな戦いが開始された。
「・・・・・にしても、本当に人の姿が見えないな。光導姫の結界だけで、こんなに人がいなくなるもんなのか?」
レイゼロールを追うためロンドンの街中を掛けていた影人は、思わずそんな事を呟いた。先ほどからロンドンの路地を走っているが、人の姿は1度も見かけていない。単純に考えるなら光導姫の人避けの結界の効果だろうが、それにしてもといった感じだ。ソレイユは闇奴の方に集中しているので、影人の呟きに対する反応もなかった。
今のところ影人が知る由もないが、一応これだけ人の姿が見れないのには理由がある。もちろん、光導姫の人避けの結界の効果もあるしその要因が1番大きい。
だが、理由はもう1つある。それは闇奴が2体以上出現した時点で、ソレイユがイギリス政府に指示を送ったからだ。出来るだけ人をロンドン中心から遠ざけるようにと。ソレイユから指示を受けたイギリス政府は、自国の国民をいたずらに犠牲にしないためにもソレイユの指示を承諾。急ピッチで、「危険なガスが発生したから、ロンドン中心から離れるように」と最もらしい理由で市民をロンドン中心から遠ざけた。
「・・・・・・まあ、いいか。人がいないならそれに越した事はねえしな」
しかし、影人はそんな疑問はどうでもいいという事に気づくと、その疑問を自分の中から消し去った。いま重要なのは結果だ。
(レイゼロールは・・・・・・・・また移動したか。一瞬立ち止まって、闇人の気配が1つ止まってるって事は、光導姫と守護者が足止めでもされてるって感じか)
影人はレイゼロールと闇人の気配を確認し、現在の状況を分析した。おそらく間違ってはいないはずだ。
(今回は転移も使える感じだし、普通にその戦いは避けられるな。まあ、今は力を温存しとかなきゃだから走ってるが――ッ!?)
影人がそんな事を思いながら路地を右に曲がろうとすると、突如影人の前に人が現れた。
「ッ!?」
「チッ・・・・・!」
突如現れた人――パッと見たところ10代半ば辺りの少女も、ぶつかりそうになった影人に驚いたような表情を浮かべた。このままだと1秒後にはぶつかるが、今の影人はスプリガンだ。ぶつかりそうになった少女を咄嗟に優しく抱き止めた。
(人・・・・・・・? 一般人か? 光導姫の人避けの結界で一般人はこの辺りには近づかないはずじゃ・・・・・・・いったい何者なんだ、こいつ・・・・・?)
今まで人の姿は見えなかったのに、突如として現れた謎の少女に影人は疑問を覚えた。




