第659話 芸術家ボンジュール3(4)
「・・・・・・じゃあ、俺はこれで失礼します。お先に」
午後5時過ぎ。本日の小道具製作を終えた影人は、帰る準備をして自分が所属する小道具係のグループにそう声をかけた。
「お、お疲れ帰城くん。今日は買い出しに行ってくれてありがとう。おかげで助かったよ」
影人が声を掛けると、自分に買い出しを頼んできた男子生徒がグループを代表したように労いの言葉を返して来た。まだ多少笑顔がぎこちないが、この言葉は心からのものだった。
「・・・・・・・・別にお礼を言われる程のことじゃないですよ」
影人は男子生徒にそう言葉を返し教室を出た。
「・・・・今日は無駄に疲れたな。本当、自分の運の悪さを呪うぜ・・・・・・」
夕日が照らす廊下を歩みながら、影人はそんな言葉を漏らした。光司、陽華、明夜との行動に、ロゼとの再びの邂逅。全く以て、影人の運の悪さは折り紙つきである。
『くくっ、お前はいつでも面白い奴だな影人。見てて飽きないぜ』
(・・・・・・・どうせ昼間の時も俺を笑ってやがったんだろ、イヴ。俺は見せ物じゃねえぞコラ)
未だに生徒たちが多い校舎内を歩いていると、影人の脳内に人を食ったような女の声が響いた。影人の制服のズボンの右ポケットに入っている、黒い宝石のついたペンデュラムに宿るイヴの声だ。イヴは暇な時は影人にちょっかいをかけてくる癖がある。
『てめえほど愉快な見せ物を俺は他に知らねえな。まあ、基本的にお前以外の世界を俺が知らねえだけとも言えるがな』
「やめろ、そう言われると何か悲しく聞こえるじゃねえか・・・・・・分かったよ、いつか父さんがお前に楽しい世界を教えてやるから、待ってなさい」
イヴの事を少し哀れに思ってしまった影人は、イヴを慰めるような少し優しめの声音でそう呟いた。普段ならば、影人の独り言を聞いた可哀想な生徒が内心で盛大なツッコミを入れ影人にドン引きするような場面であるが、今は文化祭の準備中。校舎全体がガヤガヤとしているので、影人の中々にヤバい独り言は喧騒の中へと掻き消えていった。
『おいこらてめえ。口に気をつけろよ、何度も言うが俺はてめえの娘じゃねえ。2度とその単語を口にすんな。気持ち悪いんだよ!』
影人にそう言われたイヴはキレ気味だった。やっぱり怒ったと影人は内心笑いながらこう言った。
「まあそう怒るなって。父さん悲しくなっちまうよ」
『確信犯だろお前! 死ね!』
イヴは今度こそキレると、拗ねたのかダンマリとしてしまった。可愛いもんだと思いながら、影人が靴を履き替えて外に出ると――
「ん?」
「ッ・・・・・」
ちょうど自分と同じように帰ろうとしている影人の数少ない友人、早川暁理の姿があった。影人と暁理はお互いの姿に気がつく。




