第655話 芸術家ボンジュール2(5)
「・・・・・・・・で、何で帰るタイミングまで同じなんだよ」
「さあ、そればっかりは本当に偶然・・・・としか言いようがないよ」
「・・・・・1億歩譲ってそれは仕方ないとして、頼むからお前はその嬉しそうなニコニコ顔をどうにかしてくれ・・・・・・・・・」
商業施設からの帰り道、買った物を袋に入れて持ちながら影人は軽く顔を片手で覆った。その理由はどこぞの爽やかイケメンたちと帰りがまた同じだったからである。
「そう言えば、帰城くんたちのクラスは何の出し物をするんだい? 僕のクラスは演劇で、朝宮さんと月下さんのクラスはええと・・・・・・・・」
「私たちのクラスは、ミニお化け屋敷だよ! クラスみんなで頑張り中!」
「定番といえば定番だけど、それがいいのよね」
光司の言葉を補足するように、陽華と明夜がそう言った。2人の言葉を聞いた光司は、「ああそうだった。ありがとう2人とも」と感謝の言葉を述べる。
「それで帰城くんのクラスは?」
「・・・・・・コスプレ喫茶だ。別に面白くもなんともねえ。・・・・・というか、お前演劇って演者じゃないのかよ?」
気になったので、つい影人はそんな事を聞いてしまった。普通、演劇をするなら光司ほどのルックスを持つ人物は主役級の演者をする、というか周りに推薦されるはずだ。だというのに、買い出しに出ているという事は、光司は演者ではなく道具係なのだろうか。
「いや、ありがたい事に主役をやらせてもらう事になっているよ。買い出しに出たのは、まだ台本が完全に出来ていなくて僕たち演者は暇だったからというのが理由だよ。僕は買い出しを買ってでたけど、他の演者のみんなは、他の係の人たちを手伝ってる。それにしても、コスプレ喫茶か。うん、いいね。僕も当日はお邪魔させてもらうよ」
「てめえは出禁だ、って言いたい所だが、残念ながら俺にそんな権限はねえ。・・・・・好きにしろ」
そればかりはどうしようも無いので、影人は光司にそう言うしかなかった。そして、その言葉を聞いた光司は嬉しそうな表情で、「じゃあ、必ず」と言って笑みを浮かべた。
「明夜、コスプレ喫茶だって。私たちも当日行ってみる?」
「行きましょう。ど定番はいいものよ。文化祭といえば喫茶。これが鉄板だもの」
影人のクラスの出し物を聞いた陽華と明夜も、光司に乗るようにそんな相談をしていた。2人のやり取りを耳にした影人は、内心で思わずこう呟いた。
(何が鉄板だ月下てめえ。相変わらず意味不明な言動しやがって・・・・・・・・ったく、何でこんな事になってんだよ。今更ながら最悪もいいところだぜ・・・・・)
自分が関わらないようにしていた奴らと、なぜか一緒にいるこの状況。今のところ、影人がスプリガンであるという事が3人にバレるようなヘマはしていないし、これからもするつもりはないが、とにかくこの状況は神経を使う。
(とにかく今は仕方ないとして、この空気はまずい。1回どっかでマジギレでもするか? それやればはっきり言って俺がヤバい奴になっちまうが、背に腹は――)
「あれ? あの人はいったい何をしてるんだろう?」
影人が真剣にそんな事を考えていると、影人の隣を歩いている光司が(やめろと言ったのに「まあまあ」とかゴリ押しで隣に来た)、そんな声を漏らした。
「あ・・・・・・? なんだよ?」
「いや、あそこに空を見上げながら何か言っている人がいてね。しかもけっこう興奮した感じで。いったいどうしたのかなって思って」
影人が光司にそう聞くと、光司は控えめに指をさしながらそう答えた。影人が光司の指のさす方向に視線を向けると、そこには1人の少女がいた。
「うむ、空に浮かぶ電線というのは中々いいものだね! ヨーロッパではあまり見受けられない光景だ! いいね、自然の中で最も美しい青空に映える人工物の線! 一見すると空に制限がもたらされているが、だがしかしその制限がより青空という自由の象徴を美しくしている! 素晴らしい!」
光司の言う通り、その少女は興奮したような声でそんな言葉を叫びながら空を見上げていた。片手には古いタイプのカメラを持っている。どうやら、あれで写真を撮った直後のようだ。近くには大きなキャリーケースが置かれている。旅行中といった感じだろうか。
(嘘だろ・・・・・・・・・・?)
その少女の姿を見た影人は呆然とした表情を浮かべた。何故ならばその少女に見覚えが、いやつい昨日、影人はその少女と遠い異国の地で出会っているからだ。水色の髪の一部分が白色に染められている特徴的な髪の色をした少女は、白色のシャツとジーパンというシンプルな服装をしている。世界的に有名な天才芸術家。その少女の名は――
「む? 現地の学生たちか。ボンジュール、諸君。今日はいい天気だね」
ロゼ・ピュルセ。光導姫ランキング7位『芸術家』でもある少女がそこにはいた。




